ジェーンはそういう奴だ
『……こちらSG。タンゴを無力化。すみません、全員殺しました』
深夜の高速道路。
ここに行き着くまでに、信号は3つあったが、コンサルタントの運転は巧みだった。
スピードを調節し、我々が停車せざるを得ないタイミングで、信号を渡るのだ。
追跡出来ているのは、部下が降りる際、座席の下に放り込んでおいた、スマホのお蔭に他ならない。
GPSによれば、左舷と、米沢を載せた四駆は、一キロ先。
『チャンのメンバーは、私を攫ったチームにより全滅。ソイツら五人を、私とジェーンの旦那で殺りました』
私は、安堵を押し殺して言った。
ボスである以上、感情を表に出してはいけない。
「ジェーンが使ったのは、フラッシュバンと、催涙ガスか? よく喋れるな?」
SGの声に、怒気が膨れ上がった。
『そうです。そっちの方は、二の腕で耳塞いで、息を止めたから、何とかなりましたけど……スズメバチって必要無いですよね!?……肩叩くな、親指立てんな! 恩人じゃなきゃ、殴ってるぞ、アンタ!?』
王も私も、笑ってしまった。
ジェーンは、変装と追跡の達人だ。
『オバチャンは撃たれない』が、ヤツの口癖だったな。
私は、気になってた事を、聞いた。
「ジェーンは、何で、SGの居場所が、分かったんだ? チャンか、エディを監視してたのか?」
電話の向こうで、ボソボソと話す声。
え、私が言うんですか? ジェーンさん自分で言って下さいよ
SGが、イヤそうに言った。
『……ボスを、見張ってたそうです』
「そんなにおかしいか、王?」
「いや、噎せただけですよ、ボス」
絶対にウソだ。
明らかに、笑いを誤魔化す為に、真っ赤になって咳をしている王を、斜め後ろから睨む。
ジェーンのお蔭で、飛んだ恥晒しだ。尾行に気付きもしなかったんでは、部下に示しがつかない。
「まあまあ。ボスでさえ、気付かないレベルだから、伝説なんでしょ? 味方で良かったって思いましょうよ」
……ホントに、コイツ、仕事出来るよな。
どう反応していいか分からず、私が無言でいると、王は続けた。
「なにせSGが、助かったんです……何ヶ所刺されたんでしょうね?」
私が思わず笑うと、王も笑った。
……攫われた、左舷と米沢には悪いが、SG程のプレッシャーは無い。
左舷には、付いてくるなと言ったし、米沢には、死んでも知らんぞ、と言ってあるのだから。
何があっても、自業自得だ。
今、追跡しているのは、コンサルタントの男以外は、大人と呼ばれる男の情報を握っている者が、生きてないからだ。
「……アイツ、停車しましたね。 パーキングはまだ、先だから、避難地帯ですか」
私は淡々と言った。
「仲間の車に、乗り換えられたら、終わりだな」
「……ですね。米沢はともかく、子供は助けてやりたいトコです」
私は溜息を付いた。
「……だな」
予想通り、避難地帯に、乗り捨てられていた四駆は、もぬけの殻だった。
私は、溜息を付き、IPhoneを手に取る。
白むのが、それ程先じゃない、オレンジ色の高速灯が切り取る、夜空を見上げた。
「もしもし、田中です……いい話じゃない。娘さんが攫われました」
ファミレスのボックス席から、ガラス壁を通して、藍色に変わりつつある、空を眺める。
SGが救助された安堵感と、睡眠不足で、疲労はピークだ。王には、車内で仮眠を取らせている。
目の前の、疲れきった三十男が来る前に、消化の良いお粥と、白湯を摂取したせいで、余計、眠い。
長い夜は終わらない。
私の説明を聞き終えた、左舷の父は、項垂れて言った。チャラい感じがする、中年サーファーにしか見えない。
「エライ迷惑おかけして……米沢さんに何かあったら、腹斬らにゃなりませんわ……湯坂とは関係なく」
私は、無表情を装ったが、驚いた。
中々、まっとうな感覚の持ち主だ。
我々に逆ギレする訳でもなく、娘の安否の前に、巻き込んだ他人を、心配している。
深々と、茶髪の頭を下げ、言った。
「これ以上、カタギの方に、迷惑かける訳には行きません。そのコンサルタントの住所持って、警察行きますわ」
私は、内心慌てた。
倉庫の話や、私達の話をされたら、困った事になる。
「いや、アナタ方としても、不味くないですか? 正直、我々も困ります」
言いながら、コイツ、それにつけ込んで、我々を使うつもりか? と勘繰った。
左舷の父は、頷いて言った。
「こういうつもりです。『コンサルタントのとこへ、夜中取り立てに行ったら、攫われた』って」
確に、それだけなら、我々の関与がバレる線は薄い……のか?
「お話を聞く限り、正直、何で娘を攫ったか、わからんのです……」
そうだ。
コンサルタントの男、その場を逃げおおせる為だけなら、我々が去るのを、黙って見てればよかったのだ。
一番可能性が高いのは、エディとの人質交換だが……目の前の男は、そこまで考えが及んでない。
そして、エディは死んだ。
なら。
少女も、米沢も、用済みと言う事になる。
この、不吉な推測を言うべきか?
その時、左舷のスマホが鳴動した。