大人(ターレン)
チャンのスマホが、落ちる音で、耳がおかしくなりかけた。
撃たれたのは、チャンだと、瞬時に悟る。
どうなっている?
仲間割れか?
王が険しい顔で、身を乗り出した瞬間、連続した銃撃音で、IPhoneからの音が割れる。
一体、何人で撃ち合いしてるのかも、分からない。
私は、車外から、不思議そうにのぞき込んでくる、左舷に向かい、もう一台の四駆を指差した。
あっちに行ってろの意味。
私達の形相を見て、さっさと、言われた通りにする。
米沢も、心配げにこちらを一瞥してから、彼女に倣った。
私は、向こうの景色が見えるはずもないのに、スマホを凝視する。
銃声が、スマホの許容音量を超えてるのか、途切れ途切れの、訳のわからない、騒音にしか聞こえない。
「仲間割れですかね?」
王の緊張した声に、私は推測を話した。
「あるとしたら……雇い主が傍にいた」
銃声が、唐突に止んだ。
いや。
トドメらしき1発。
静寂に走る緊張。
向こうで、スマホを拾う、ゴトゴトと言う音がする。
息を止め、警戒する私の耳に、場違いに静かな声が響く。
『失礼。驚かせてしまいましたか?』
全身に、電流が走る。
直観で分かった。
コイツは、闇サイトの関係者だ。しかも上の方の。チャンに、暗殺者の始末を依頼した連中だ。
私はカマを掛けた。
「お蔭で、アンタの名前を忘れる所だったよ……エディ・田中だったかね、今は?」
相手は沈黙した。
ビンゴ。
闇サイトに関する、聞き込みで手に入れた、知的な東洋人の写真。
CIA、MI5、ツテを総動員してコイツの正体を洗った。
皮肉なことに、ヒットしたのは、公安のデータベースだった。
宗教施設の建設に絡む、大型詐欺で手配をかけられている、日本人だ。
現在は、中国の西海公司という、貿易会社の代表。
缶詰や、ドライフルーツの輸出とあるが、勿論、犯罪集団の隠れ蓑だろう。
『……私も、中々の有名人だったんですね。光栄です。あ、人質は死んでませんよ』
動揺をうまく隠してはいるが、先制パンチが入った手応えを感じた。
いい気分だ。SGが生きてるのが、一番の朗報だ。
私は、殆ど光の見えない、サイドウィンドウ越しの、寂れた住宅街に、手をかざした。
「俺達が、お前らより長い手と、広い網を持ってるってだけだよ。チャンを殺したのか? 缶詰、買ってもらえなくなるぜ?」
『……中々、人を怒らすのが上手いですね、梁 健一さん』
私は、驚いた。
別の意味で。
コイツラは、わたしを知ってる事を認めたのだ。
それはつまり、私が追う、仇敵である可能性が高いという事。
「お、よく知ってるな? 私も中々の有名人って訳だ」
『私達も、長い手と広い網を……』
わたしはせせら笑った。
「アホか。ずっとしつこく付き纏ってるクセに、さっき知ったみたいな、言い方してんじゃねえ」
『……何を言ってるんですか?』
私は、フロントガラス越しに、もう一台の四駆を眺めながら、言った。
左舷と、米沢が、後部座席にいるのが、暗闇の中でも、うっすらわかる。
「オマエ、闇サイトの、営業マンなんだろ?西海公司が、フロントなのか知らんが、ハシム家に、大口を紹介したって事は、バロチスタンに、俺達がいたのを知ってた訳だ。オマエラの狙いは、私の周囲を巻き込んだ後、我々を殺す事……楽しそうだな、おかしいか?」
エディは、乾いた笑いをやめ、嬉しそうに言った。
『そうだったんですね。大人も回りくどい事をするもんだ……まあ、私達は、依頼を遂行するだけです。大口、死んだんでしょう?』
「いや、生きてるが?」
私は、ハッタリをカマしながら、嫌な予感が湧き出て来るのを抑えられなかった。
エディは、嘲笑した。
『ムダですよ。ヤツの体に埋め込んだ、ビーコンから、生体反応が出てない……そういうわけで』
銃のスライドを引く音に、私の心臓が跳ね上がった。
『こっちの、人質にも用がありません』
そういう事になる。
私は、思わず、焦って叫んだ。
「待て!」
エディの満足げな声。
『待ちません。私の受けた依頼は、あなたの周囲の人間を、酷く殺す事です。それでは……なんだ、アレ?』