子供vsハゲ
コンサルタントの男は、コップに汲んだ水道水を一気に呷る。
空の牛乳パック、コンビニの弁当ガラが散らばったテーブルの前に座った男は、傍らの我々を見上げて吐き捨てた。
「その、ハゲ、海にでも捨てたのか、スマホを持ってなかったらしい。何も吐かないし、連絡手段がないから、俺がこんな目にあった訳だ」
言い終わらないうちに、私は安テーブルの脚を蹴った。脳内はさっきのSGの映像で沸騰している。
「被害者ヅラしてんじゃねえ。こっちはそのお陰で死にかけたんだ……湯坂組から許可が出た。黒山組が下まで来てるぞ」
「なな何で、湯坂が出てくるんだよ!?」
「殺されかけた黒山組の娘が、親しいんだよ。ヘタ打ったな……その、チャンってのは何もんだ?」
急に、ガタガタ震え出した男。無精髭と、ハンパな長髪、脂ぎった顔が汚らしい。
「フロントは、ベトナム人向けの、日本語学校やってる、大陸系のマフィアだ。由緒正しい蛇頭だよ」
「場所は?」
「今里の、『日光言語センター』ってとこだが……無駄だぞ? カタギしか働いてない筈だ」
私が、王に目配せすると、険しい顔の王が北京語で、スマホに話し始めた。
「他は? チャンの身内の住所が分かれば、一番いい」
男は、記憶を手繰るような表情で、俯いた。
「……チャンが妹にやらせてる店が、市内にある。天王寺にある、クラブなんだが……思い出した、店の名は『ジュリエット』」
私は、iPhoneでニつの店を検索し、コンサルタントに見せた。
「……ああ、この2つで間違いない。フェイスブックなら……この写真、コイツが妹だ」
明らかに整形してる、濃いメイクの女がカウンターで微笑んでいる。
人相がわかったのはデカイ。
閉店は深夜1時半。間に合うか。
王がスマホを、耳に当てたまま、言った。
「クラブには、休暇が近い隊員を、向かわせます。今里の方は、無人の店を燃やすだけなら、一人でいいでしょう」
休暇が近い、つまり、犯罪を犯して、台湾に逃げ帰れる連中の事だ。
私は、煮え滾った頭で言った。
「女が捕まらなかったら、情報屋と、飼ってるサツを当たれ。自宅を突き止めろ。ガキがいるならなおいい」
「お、おい! ガキは違うだろ!?」
私が瞬きしないで男を凝視すると、ソイツは言葉を飲み込んだ。
「ハゲの大人なら、いいのかよ?」
「い、いや……戦争する気か? 相手、30人規模の、デカイ組織だぞ?」
「戦争? するかよ、そんな効率の悪いこと」
「……だろ? なら」
次の言葉で、男は言葉を失くした。
「一方的に殺すんだよ……出来るだけ酷くな」
午前2時過ぎ。
東大阪の、寂れた工場街に人気はない。
申し訳程度に、ポツポツと点いてる街灯は、犯罪を誘発したがってるようにしか見えない。
私は、四駆の後部座席に戻り、トバシスマホで電話をかけた。
車内にいるのは、私と王だけ。
今頃、左舷は、コンサルタントの胸ぐらを掴んで強請っているはずだ。ギャラと、軽トラの代金をふんだくるまで、帰ってこないだろう。
自業自得とはいえ、あの男も、気の毒な事だ。
何故か、米沢もついて行ってる。
まあ、いい。
ここからは、殺し合いだ。
左舷も、米沢も関わるべきじゃない。
何回目かのコールで、相手が出た。
お互い無言。
相手が、先にしゃがれた声を出した。
『用がねえなら、電話もあのハゲの耳も切るぜ?』
「オマエが、チャンか?」
数秒の間。
男のくぐもった悲鳴。
腹の底に電流が走る。
スクールガールの、反抗的な喚き声。生きている。
『口の聞き方に気をつけろ?』
私は、もう一台のiPhoneに、冷たく言った。
「やれ」
トバシの携帯と、iPhoneを近づけ、ゴムホースで殴られて上げる悲鳴が聞こえるようにした。
『……なんだソレ?』
「……女に喋らせろ」
私のiPhoneから、哀願する女の声が漏れてきた。
『お兄ちゃん、助けて! やめさせて! 痛い! お願い、やめてよ!』
『……レミ!?』
私は、怒りを込めて言った。
「続けろ。SGが、一度殴られれば、五回殴る」
相手の狼狽が伝わってくる。
『て、テメエ!』
「コイツもとっとけ」
私は先程届いた、画像のURLを、SMSで相手に送った。
「オマエのやってる、日本語学校……キャンプファイヤーやってるぜ?」
怒声とも悲鳴ともつかない声で、罵詈雑言を喚き散らす。北京語だ。
私は続けた。
地獄の底から這い出るような声で。
「ドチンピラ、オマエ、相手を間違えたんだよ。そこの人質、殺したけりゃ殺せ。その代わり、オマエの妹、一寸刻みで解体してやる」
言葉を失った相手に、俺は宣言した。
「その後、オマエの仲間、親族、一人残らず、燻りだして、豚のエサにしてやる……オマエの目の前でな」





