ワルインダー
車体を傾げながら、火花を散らし、肉薄してくる、ダンプカー。
思考が停止したのは、一瞬だった。
「王、踏み込め!」
私が怒鳴ると、間髪入れず車体が加速した。
隣に座る、左舷の悲鳴に顔をしかめる間もなく、私は懐からリボルバーを抜いた。
迫って来るダンプカーの運転席に、驚愕の表情で悲鳴を上げる中年が見えた。
ちがう、コイツは刺客じゃねえ。
単なる事故か?
昔、流行ったSEGAの『スペースハリアー』って言う、ゲームのボスみたいに、ドアップで迫る、傾いだ助手席側ドア。
アスファルトで火花を散らす、車体の焦げ臭さが、届きそうな距離。
左舷の悲鳴と共に、左車線を走る我々の、後部バンパースレスレを掠めていった。
右後方から、左後方に振り返るため、首を回し直した時、目に入ったのは。
窓側に座る、米沢の右袖に縋る左舷と、それを愕然と見下ろす、クレアプロの二代目だった。
側道の壁で、車体をこすりながら減速して行く、ダンプ。
「あっ、あれ、大丈夫かな、ワルインダー!」
なんだ、ワルインダーってのは。
私は、銃を仕舞いながら、言った。
「いや、只の事故だ。タイヤが外れたんだ」
「ほ、ホンマ? やったら、119!」
「バカ言うな、関わってられるか。誰かがするだろ」
不満そうに口を尖らす、左舷。
自分が、米沢の袖を掴んでいるのに気づき、あ、ゴメン、と軽く謝り、言葉を続けた。
米沢の唖然とした顔にも気付かず。
「あー、びっくりした。何やもう、今日は百歳くらい歳とったわ。でもまあ……」
左舷は、ため息を着いた。
「しょっちゅうやけどな、トラブルは」
ヤクザの娘、だものな。
その時は、そのセリフを、私はあまり気にしていなかった。
その、建設コンサルタントの事務所がある、東大阪の雑居ビルは、ハズレだった。
この時間帯なので、期待はしていなかったが。
次いで、茜組から予め聞いていた、建設コンサルタントの自宅に向かう。
事務所から車で10分程の、築の古い賃貸マンションだ。
私と王は、万が一の為に車を待機させ、三輪車や、箒などで雑然とした、外階段を昇る。
バックアップの部下たちが、その3階建ての建物の周りに散った。
エレベーターもない、薄暗い廊下を進む。
午前一時前。
虫の声と、蛍光灯に体当りする蛾の音以外はしない。8月終盤の深夜、暑さは大分ましだ。
目的の302号室。
表札のない、安物の傘だけが立てかけられた、ドアの前で、私達は革手袋を嵌めた。
不信感を抱かせない為、どの組にも、コイツに連絡しないように言ってある。
寝込みを襲って吐かせる。
ピッキングツール、小型のチェーンカッターと、準備は万全だ。
私は、ゆっくりとドアノブを、回した。
開いている。
王とアイコンタクト。
私が銃を抜き、王がドアを開いた。
姿勢を低くし、玄関に膝を着く。
銃口を、奥の部屋に向けたまま、目を凝らす。
雑然としたダイニングキッチン、その向こうの和室に、椅子に括り付けられた男がいた。
目を見開き、ガムテープでグルグル巻きにされた中年男は、目を見開いて、椅子を揺らしている。
私は、周囲に銃口を向けたが、人の気配は無い。
「頷くか、首を振れ。嘘だと分かれば殺す……罠か?」
パンツと肌着だけの男は、首を振った。
「オマエだけか?」
男は頷く。
私は、遠慮なく、土足のままで、慎重に歩を進め、「大声を上げるな」と注意してから、ガムテープを剥した。
ゼエゼエと荒い息をつく、みすぼらしい男。
汗臭い。
コイツがコンサルタントか。
こちらが、何かを言う前に言った。
「アンタら、茜組か? それとも、チャンが拐ったハゲの仲間か?」
私の体に電流が走った。
スクールガールは、やはり拉致されていたのだ。
無言で銃口を、ソイツの額に当てる。
「まま待て! 俺は、伝言預かっただけや! ダイニングに、携帯あるから、とってくれんか」
王が、険しい顔でそれをかざす。
「暗証番号、2711 ……カメラん所に写真あるやろ」
言われた通り操作した王の顔が、般若のようになった。
見せられた私も、腹の底が抜けるような衝撃を受けた。
そこに映っていたのは、倉庫のような場所で、血塗れで天井から吊るされた、SGの写真だった。
上半身裸。殴られたのか、顔が変形している。
程度で言えば、米沢より酷い。
私は、憤怒に任せ、撃鉄を起こした。
コイツの頭を吹き飛ばして、落ち着こうか?
「やめやめ! 俺も被害者やって! チャンの奴が9時くらいに、金払いに来る言うから、そこの公園で待ち合わせしたら、このザマや。そこに、電話番号あるやろ? 連絡先や……」