がんばるから
『この電話は、電波の届かない場所……』
私は、何度目かになる、スクールガールへの電話を切った。
GPSを切るために、スマホの電源を切られたか、破壊されたか……
死んだ暗殺者のベルトに仕込まれていた、ビーコンは、先程の漁船に置いてきた。
それを目当てに、刺客が来れば、見張りから、連絡が入る。
そもそも、奴らの狙いは、闇サイトの秘密をバラした、暗殺者の命だ。
死んだ事がバレない限りは、来る可能性が高い。
または、スクールガールの身柄と引き換えだろう。
それだけに、暗殺者の死がバレてない事を祈る。
出発する前に、大組織である、湯坂組の神谷に、連絡がついた。
米沢が、軽口を叩いている様子に、かなりの親しさを感じた。
すぐに城崎に、電話するとの事だった。
勿論、タダでは無いだろうが。
阪神高速環状線。
連続する道路照明灯が、橙色の影絵のように、後部座席にいる、我々の上を通り過ぎる。
情報の共有を急ぐため、隣には、不貞腐れた左舷、その向こうには、米沢の巨体がある。
運転は王。
米沢が、左舷に問うた。
「不機嫌だね、左舷さん」
「……何よ、アレ。ウチ殺されかけたのに……」
左舷は、自分の父親の事を言っているのだ。
米沢は、答えを用意していた。
そう言うのが分かっていたように。
「お父さん、言ってたじゃない。『破門になる覚悟はある』って……そうして欲しかったの?」
「ちゃうけど!……うち、殺されかけたんやで……もう少し……城崎さんに、なんか言うてくれても」
「城崎組が強く言ってくれたら、の間違いだよ。お父さんがどれだけ脅したら、城崎は上に突っかかってくれるかなあ」
「そんなん!……出来るかいな。上の組やもん……」
語るに落ちた。城崎だって同じだ。上を脅せる立場じゃないだろう。
……が、米沢は、そこにツッコまなかった。
「犯罪の被害で怖いのはさ、実は『仲間割れ』なんだ。憎むべき相手を間違えちゃダメだよ」
「……ホンマやね、ありがとう……って。ねぇ、米沢さん、ホンマに、その……」
私が遮った。
「その話は済んだ。二度と口にするな」
私は驚く、左舷の眼を見る。
「今は、オマエの味方だ。何か不満か?」
左舷は、慌てて首を振る。
「ううん。頼りにしてんで、米沢さん!」
屈託の無い笑顔で、米沢の肩を突く。
芝居には見えない。
米沢は、手を上げて、窓の外に顔を背ける。
Lineの着信音が、私達を振り返らせた。
視線が、左舷に集中する。
左舷のスマホのスピーカーから、声が流れ出た。
こわごわと言った感じで。
『城崎の組長から、連絡ありました……『オレの子供の娘が、組内の仕事で殺されかけた。説明が欲しい』言うて湯坂組の若頭補佐から、直電あったって……大騒ぎですわ』
いい仕事をしてくれた様だ。
私は無表情を装い、問うた。
「で、依頼先はわかりましたか?」
『いえ、城崎、エライ謝ってはったけど、思った通り、今度は、上同士の話し合いになってしまいそうで……』
「だろうね……いいです。後は私が処理します」
米沢が遮り、スマホを取り出しながら言った。
「すみません、そこの避難地帯に止めてもらえますか? パーキングエリアまで、遠いから……左舷さん、そこで車から出てください。子供の聞く話じゃない」
「ああ、んじゃな……なんでだよ、電話一つで、五本って、美味しすぎだろ……もう、ねえわ、こんな話……じゃ、新地でな」
欲しい情報は手に入った。
スマホを懐にしまい、窓をあけて、左舷を呼ぼうとする、米沢。
「何故だ」
米沢が、動きを止めて、こちらを見た。
私はもう一度問う。
「五百万円払ってまで、何を考えてる」
「いや、湯坂の若頭補佐に動いてもらったんですよ? この金額なら友達価格って奴です」
「オマエに、何のメリットがある?」
運転席の王も、耳を澄ませている。
クレアプロの2代目は、腫れて、傷だらけの顔を俯かせた。
本当に、考えこんでる様だ。
「メリット……そうですね。自分なんかでも、生きてていいって、思える様になりたいからかな」
私は、顔を背けた。
「……勝手にしろ」
「それは、有り難い……終わりました。左舷さん、乗ってください」
米沢が、湯坂組の若頭補佐に、依頼した内容はこうだ。
『幸い、ケガは無かった。何も知らずに受注したのなら、依頼主を知りたい。黒山組で話をつける許可、上を飛び越える無礼を赦して欲しい。相手に軽トラを弁償させるから、と黒山組の娘にねだられた』
こう、城崎組の上に言わせたのだ。
因みに、城崎組に依頼したのは、茜組と言う、中堅所だそうだ。組筋とは関係ない、建設コンサルタントとか言う人間が、茜組に、仕事を持ってきたらしい。
怪しげな建設コンサルタントから、茜組、城崎組、黒山組と仕事が流れて来たわけだ。
内心、城崎組はホッとしたろう。
殺されかけたムスメの、ケジメをとる、では無く、五十万円もしない、軽トラの話にしたのが、ミソだ。
茜組から、許可が出た。
分かった、侠気を買おう。困った事が起こればいつでも言ってくれ(そんな、しみったれた話なら、好きにしてくれ。こっちに、もって来んじゃねえぞ)。
因みに、()の中が、推測される本音だ。
期待に眼を輝かせながら、左舷が乗り込んで来た。
今まで無言だった、運転席の王が、口を開いた。
「出ますよ、ボス。東大阪なら、次の出口で降ります」
私が頷くと、前で停車していた、もう一台も、車の流れに乗った。
「どうやった、うまく行った?」
米沢の説明を聞いて、左舷がガッツポーズを取った。
「米沢さん、スゴいやん? 頼りなるう!」
米沢が苦笑とはいえ、笑うのを初めて見た。
「まだ、早いですよ。その建設コンサルタントも、事のヤバさが伝わってれば、ガラを躱してるかも知れません」
左舷は、フンスと、鼻息を荒くした。
「せやったら、すぐ行こ! もうすぐ、テッペンやから、そいつ、おらんやろけど!」
正直、左舷は足手まといなんだが。
「正直、左舷は、足手まといなんだが……」
思わず口をついた、ド直球に、左舷が、涙目で喚いた。
「言い方! 何よ、その建設コンサルタント居らんかったら、どうするつもり?」
「だから、米沢は必要だ……言い方が、悪かった。良くやってくれた。家まで送ろう、邪魔だから」
「言い方、雑になっただけやん! うち、軽トラ弁償させんねん、ソイツらに! もー、連れてってーや、頑張るから!」
背後で、何かがこすれる、金属音が響いた。ガードレールへの激突音。
驚いて振り返った視界に入ったのは、タイヤの外れたトラックが、傾きながら、こちらへ滑り寄って来る光景だった。