ワイルドだろう?
「……大体、分かりました」
不満そうに、少女――左舷が正座したまま言った。長い髪が、潮風に煽られている。
エンジン音と、波の音で、声も聞き取りにくい。
水平線上に、堺市の明かりが見え、煙突の白煙を浮かび上がらせている。
私の方も、説明を聞き、彼女の事が分かった。
左舷の実家が、ガソリンスタンドを経営していて、新規の客から、ガソリンの配達を頼まれただけだ。
鉄橋の赤灯を見ながら、私は言った。
目的地まで、もうすぐだ。
「お前の話を、信じよう。こちらが欲しいのは、ガソリンの配達を依頼した、その新規の客の情報だ」
そいつらが、スクールガールを撃ったのは間違いない。或いは、拉致も。
左舷は、俯いたまま、下唇を突き出して、ボヤいた。
「そんなん、知りません。父ちゃ……店長に配達する様、言われただけですもん」
「なら、聞け。文章でだ」
左舷は、キッと顔を上げる。
大きな瞳、高すぎない鼻。
まあ、美人の部類には入るな。
どうでも、いいが。
「エラソーに言わんで下さい! それより、トラちゃ……軽トラ壊したん、どうしてくれるんですか!?」
……何を言ってるんだコイツ?
私は、声に怒りを滲ませた。
「オマエ、自分の立場を分かってるか? 私達を倉庫ごと、ふっ飛ばしかけたんだぞ? 殺されないだけでも、ありがたく思え」
目を泳がせながらも、果敢に反撃して来る、黒髪の少女。ロングヘアーが、潮風に踊る。
「そ、そんなん、私、悪ないもん! アイツラに、脅されたんやし! 天井落として、トラちゃん壊したん、オジサンやんか!」
「壊さなければ、私達は、丸焼きになってた訳だが? オマエもだぞ。そっちの方が良かったか?」
「う……」
悔しそうに言葉を失う、左舷。
ここだ。
私は、風の音に負けない様に声を張り上げた。
「思い出せ。お互い、行き違いはあったが、悪いのは、その客だ! 連絡先を教えろ。一緒にケジメを取ろうじゃないか。軽トラだけじゃなく、妹をUSJに連れてってやれるぞ!」
自分でも、確信の無いことをまくし立てる。
どうでもいい。
情報さえ、手に入れればオサラバだ。
朝になれば、倉庫は、屋根以外、証拠の隠滅が済んでいる。
警察に駆け込んだところで、ガソリンの密輸で捕まるだけだ。
京アニの事件以来、放火には厳しいしな。
左舷は、虚空を見つめ、不意を突かれたかの様に、譫言を呟いている。
「USJ……ひらパーやなくて、USJ……メッチャ、飯屋が高いUSJ」
「そうだ、ついでに言えば、オマエくらいの奴等はみんなナンパされてるぞ? 狩り場らしいからな、高校生の」
えっ! と驚く左舷。
「ま、マジで? ウチ、かれぴどころか、かれぴっぴもおったことないんや、家がアレやから! 学校では、ムリやから、憧れとってん、ナンパされんの!」
かれぴと、かれぴっぴ……
何が違うんだろう?
リーファとの会話で役に立つかも知れんから、微かに興味があったが、スルー。
私は、夜中にやってるアメリカの通販ばりに、吹き替えっぽく吠えた。
「そうだ、オマエ、見てくれはいいし、絶対イケる! 余計な事は考えず、『えー、ソーナンダスゴーイ』を連発しとけ! 子犬系男子とかいう、うっかりケツを吹き飛ばしてやりたくなる奴らが、入れ食いだ!」
もー、うますぎー、とか、言って、左舷は、どーんと、肩を突き飛ばしてくる。
まだ見ぬ、かれっぴ? を妄想してか、デレデレの顔を見て、内心ほくそ笑む。
効いてる、効いてる。
2ちゃんねる用語が、頭をよぎり、同時に、星空が目に入って、ふと我にかえる。
何やってるんだろうな、俺。
「えー、そんなん、照れるやーんもう! 分かったで! 手伝ってくれるやんな!?」
「もちろんだ。梁家に二言はねえ!」
「新・トラちゃんも、買うてくれる!?」
「それは知らん」
一瞬で素に戻る左舷。
「なら、言わん」
私は、笑顔のまま、自分の額から、ブチリと音がするのを聞いた。
……仕方ない。
私は、立ち上がり、両手首を繋ぐ、結束帯を掴んだ。何すんねん、オッサン! の叫びを無視。数メートル先の、眠りこけている、痴漢のところまで引きずって行った。
暴れる、左舷をもう一本の結束帯を使い、痴漢と一緒のポールに繋ぐ。
「こんなんしても、ムダ! トラちゃん弁償してくれる言うまで、折れへんで。生活かかってんもん!」
「もういい」
私のよく冷えたセリフに、言葉を失う、左舷。
起きろ、そう言って、痴漢の頭を何回か蹴ると、しかめっ面で、頭を起こす。
メガネは割れてない。行動に支障を来すと、こちらが面倒だから、避けて殴った。
痴漢は、あちこち見回し、私の顔を見てから、再び、横になった。
「何か釣れたら起こせ……ギャッ」
でかいケツを蹴って、私は唸った。
「起きろクズ。仕事だ」
悲鳴を上げて、私から必死で遠ざかろうとする、痴漢。
それを、怪訝そうに見つめる左舷。
私は顎で、怯える痴漢を指した。
「コイツは、年季の入った、プロのロリコンだ……いいか? プロだ」
数秒後、左舷の顔が青ざめ、慌てて、痴漢から、距離を取ろうとした。
だが、結束帯は短いので、腰が引けただけ。
私は、状況を理解して、震える左舷を見下ろし、冷たく宣言した。
「おい、痴漢。この女にお仕置きしたら、開放してやる……どうだ、ワイルドだろう?」