表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/1078

ワイルドだろう?





「……大体、分かりました」


 不満そうに、少女――左舷が正座したまま言った。長い髪が、潮風に煽られている。

 エンジン音と、波の音で、声も聞き取りにくい。


 水平線上に、堺市の明かりが見え、煙突の白煙を浮かび上がらせている。


 私の方も、説明を聞き、彼女の事が分かった。

 

 左舷の実家が、ガソリンスタンドを経営していて、新規の客から、ガソリンの配達を頼まれただけだ。

 

 鉄橋の赤灯を見ながら、私は言った。

 

 目的地まで、もうすぐだ。


「お前の話を、信じよう。こちらが欲しいのは、ガソリンの配達を依頼した、その新規の客の情報だ」


 そいつらが、スクールガールを撃ったのは間違いない。或いは、拉致も。


 左舷は、俯いたまま、下唇を突き出して、ボヤいた。


「そんなん、知りません。父ちゃ……店長に配達する様、言われただけですもん」


「なら、聞け。文章でだ」


 左舷は、キッと顔を上げる。

 

 大きな瞳、高すぎない鼻。

 まあ、美人の部類には入るな。

 どうでも、いいが。


「エラソーに言わんで下さい! それより、トラちゃ……軽トラ壊したん、どうしてくれるんですか!?」


 ……何を言ってるんだコイツ?

 私は、声に怒りを滲ませた。


「オマエ、自分の立場を分かってるか? 私達を倉庫ごと、ふっ飛ばしかけたんだぞ? 殺されないだけでも、ありがたく思え」


 目を泳がせながらも、果敢に反撃して来る、黒髪の少女。ロングヘアーが、潮風に踊る。


「そ、そんなん、私、悪ないもん! アイツラに、脅されたんやし! 天井落として、トラちゃん壊したん、オジサンやんか!」


「壊さなければ、私達は、丸焼きになってた訳だが? オマエもだぞ。そっちの方が良かったか?」


「う……」


 悔しそうに言葉を失う、左舷。

 ここだ。

 私は、風の音に負けない様に声を張り上げた。


「思い出せ。お互い、行き違いはあったが、悪いのは、その客だ! 連絡先を教えろ。一緒にケジメを取ろうじゃないか。軽トラだけじゃなく、妹をUSJに連れてってやれるぞ!」


 自分でも、確信の無いことをまくし立てる。

 どうでもいい。

 情報さえ、手に入れればオサラバだ。


 朝になれば、倉庫は、屋根以外、証拠の隠滅が済んでいる。


 警察に駆け込んだところで、ガソリンの密輸で捕まるだけだ。

 京アニの事件以来、放火には厳しいしな。


 左舷は、虚空を見つめ、不意を突かれたかの様に、譫言を呟いている。


「USJ……ひらパーやなくて、USJ……メッチャ、飯屋が高いUSJ」


「そうだ、ついでに言えば、オマエくらいの奴等はみんなナンパされてるぞ? 狩り場らしいからな、高校生の」


 えっ! と驚く左舷。


「ま、マジで? ウチ、かれぴどころか、かれぴっぴもおったことないんや、家がアレやから! 学校では、ムリやから、憧れとってん、ナンパされんの!」


 かれぴと、かれぴっぴ……

 何が違うんだろう?


 リーファとの会話で役に立つかも知れんから、微かに興味があったが、スルー。


 私は、夜中にやってるアメリカの通販ばりに、吹き替えっぽく吠えた。


「そうだ、オマエ、見てくれはいいし、絶対イケる! 余計な事は考えず、『えー、ソーナンダスゴーイ』を連発しとけ! 子犬系男子とかいう、うっかりケツを吹き飛ばしてやりたくなる奴らが、入れ食いだ!」


 もー、うますぎー、とか、言って、左舷は、どーんと、肩を突き飛ばしてくる。


 まだ見ぬ、かれっぴ? を妄想してか、デレデレの顔を見て、内心ほくそ笑む。


 効いてる、効いてる。


 2ちゃんねる用語が、頭をよぎり、同時に、星空が目に入って、ふと我にかえる。


 何やってるんだろうな、俺。


 「えー、そんなん、照れるやーんもう! 分かったで! 手伝ってくれるやんな!?」


「もちろんだ。梁家に二言はねえ!」


「新・トラちゃんも、買うてくれる!?」


「それは知らん」


 一瞬で素に戻る左舷。


「なら、言わん」


 私は、笑顔のまま、自分の額から、ブチリと音がするのを聞いた。


 ……仕方ない。


 私は、立ち上がり、両手首を繋ぐ、結束帯を掴んだ。何すんねん、オッサン! の叫びを無視。数メートル先の、眠りこけている、痴漢のところまで引きずって行った。


 暴れる、左舷をもう一本の結束帯を使い、痴漢と一緒のポールに繋ぐ。


「こんなんしても、ムダ! トラちゃん弁償してくれる言うまで、折れへんで。生活かかってんもん!」


「もういい」


 私のよく冷えたセリフに、言葉を失う、左舷。


 起きろ、そう言って、痴漢の頭を何回か蹴ると、しかめっ面で、頭を起こす。

 

 メガネは割れてない。行動に支障を来すと、こちらが面倒だから、避けて殴った。


 痴漢は、あちこち見回し、私の顔を見てから、再び、横になった。


「何か釣れたら起こせ……ギャッ」


 でかいケツを蹴って、私は唸った。


「起きろクズ。仕事だ」


 悲鳴を上げて、私から必死で遠ざかろうとする、痴漢。


 それを、怪訝そうに見つめる左舷。


 私は顎で、怯える痴漢を指した。


「コイツは、年季の入った、プロのロリコンだ……いいか? プロだ」


 数秒後、左舷の顔が青ざめ、慌てて、痴漢から、距離を取ろうとした。


 だが、結束帯は短いので、腰が引けただけ。


 私は、状況を理解して、震える左舷を見下ろし、冷たく宣言した。


「おい、痴漢。この女にお仕置きしたら、開放してやる……どうだ、ワイルドだろう?」


 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ