黒髪と漁火
倉庫の中で、安っぽい、クラクションが鳴り続けている。
軽トラックの物だろう。落下物の衝撃で、壊れたか。
王が、戦闘用のショットガンをポンピングする。連射の利くタイプのそれだ。
痴漢は、銃口が腹にめり込んでも、ブツブツ言ってるだけだった。
「……芝居じゃないみたいですね」
王が肩をすくめて離れ、スマホで外部に連絡を始めた。
私は狙撃銃を、AK74突撃銃に持ち替え、裏からコンテナを出る。
黒のパラグラヴァ帽を被り、倉庫中央をめざしながらも、私は迷っていた。
捕虜は欲しいが、ドラム缶―― 恐らく中身はガソリン―― を満載した軽トラックは、いつ爆発するかわからない。
外部から起爆されたら終わりだ。本来なら、サッサと逃げ出すべきなのだが……
その危険と釣り合うくらいに、黒幕の情報が欲しい。
やっと、捕まえられそうな尻尾なのだ。
私は、いつも通り、自分だけは死なないと言い聞かせ、コンテナの陰から、殺意の塊で出来たオブジェを窺う。
ペシャンコになったダンプと、大型バンに、砕け散ったコンクリートが、白くまぶされている。
先程の天井の崩落で、壊れた人形の様になった敵が、鉄骨と共にその上へ、トッピングされていた。
どこにも、生命の気配はない。
時折、重なり合ったコンテナに刺さっている、鉄骨が、不気味に軋む。
私の目当ては、バンの横で、鉄骨の一つに通せんぼされた軽トラだ。
こちらから、降ってきた人間で、白くなったフロントガラスが見えた。
その向こうで、ハンドルの上に突っ伏した人影。
クラクションが止まない原因だ。
「ガネーシャ、今から、軽トラにアプローチする。生き残りがいれば確保。爆発したら、娘に愛してると伝えてくれ」
「ガネーシャ、了解。それ、5万回くらい聴いてるけど、一向に、死なないんですよねぇ、ボス」
軽口を無視し、突撃銃を構え、耳を澄ませながら、軽トラに近づく。
ほぼ白い網状のヒビだらけのガラスに、降ってきた敵の血がこびりついている。
万が一の反撃より、軽トラの爆発の方が怖い。
人の気配はなく、ガソリンの臭気が鼻をつく。
運転席側の、サイドウィンドウは無事。
お陰で、運転席で突っ伏し、動かない敵が見えた。
長い髪。華奢な白い指。
私は眉を顰めて、インカムに言った。
「ガネーシャ、運転手は女……」
突撃銃を、拳銃に持ち替えた。
窓越しに構え、10秒待つ。
ドアを開けると、外に転がり落ちてきた。
頭を打って死なれてもこまるので、作業服みたいな、つなぎの肩を掴んだ。
長い髪が流れ落ち、額から血を流す顔が見えた。
「繰り返す、20歳前後の女、東洋系……生きている」
20分後、私と王、痴漢と、捕虜の女の4人は、迎えの漁船に揺られていた。
車を使うと、アシがつく恐れがあるので、このまま大阪市外まで運ばせる。
倉庫と、死体の後片付けは、別働隊に任せる。
重機を使うので、一晩は掛からないだろう。
暗殺者は死んでいた。覚醒剤を過剰に投与しておいたので、当然だ。ヤク中なら、本望だろう。
一片の同情も湧かない。
今回、裏目に出たのが、配置した人員の極端な少なさだ。
敵を誘き寄せ、倉庫ごと破壊する予定だったので、襲いやすいようにしたのだが……
スクールガールの行方が分からない。
我々がいた倉庫の、斜め向かいのシャッターガレージの屋根で監視させていたのだが、海に落ちたか、拉致されたかのどちらかだ。
夜の海は、探しようが無く、拐われたのなら、敵からの連絡を待つしかない。
後者なら、犯人を見つけ次第、全身の関節を、反対にも曲がるようにしてやる。
やかましい、エンジン音と、波を切る音を聞きながら、星の瞬く夜空を見上げる。
遠くに漁火。
漁船を操縦するのは王、船尾のポールに繋がれた痴漢はずっと大人しい。
体格が似ているので、暗殺者の影武者に仕立てようとも思ったのだが、正直、連れ回すデメリットの方が大きい。
幼い子供たちに、キズを残した変態だが……リスクを背負って殺す程の価値もない。
今夜あった事を、バラす度胸があるとは思えないし、そうしたとしても、誰も信じないだろう。
問題は、いつ、どこで放り出すかだ。
私の目の前には、捕虜の女が横たわっている。
整備工が着るようなツナギにブーツ。
長い髪、白い肌。
頭には包帯。
口もとのほくろがセクシーに見える程度には、整った顔立ちだ。
私はため息を付いた。
成長すれば、の話だ。
身長は娘より高いくらい、160センチは無いだろう。
華奢ではないが、まだ、成長途中だ。
……高校生?
私は船底に横たわる……少女に分類していい、捕虜を見て思う。
自動車爆弾を運転する、高校生。
イヤな予感しかしない。
そして、私のこういう悪い予感は必ず当たる。
少女が眉をしかめ、唐突に目を開けた。
悪夢の始まりだった。