ダーク・ウェブ(闇サイト)
「ありゃー、バンの奴らの方は、何人か生きてますかねぇ」
ノートパソコンを覗き込んでいた、王がひとりごちた。
王の言うとおり、降ってきたコンテナで、ダンプカーの方は、半分ほどの厚みになったが、黒い大型バンは、前方の運転席が、半壊した程度だ。
コンテナの直撃を避けたバンの後部ハッチが開いたのが見えた。
「……3人。東洋系。ショットガンと、サブマシンガン……ウージーと、Mac10ですかね」
私は頷いた。短機関銃と、散弾銃は、室内戦においては、取り回しの利く、いいチョイスだ。
素早く散開して、物陰に隠れる身のこなしは、従軍経験者か。
暗殺者が、マフディに運び込まれて4日。
卵の腐った様な口臭と、腕の注射痕で、麻薬中毒だと分かった時は、喜んだ。
薬をエサにすればなんでも喋るからだ。
闇サイトへのアクセス方法等、必要な情報は、全て吸い出したので、用はないのだが、囮には使える。
四日間、電波を遮断する様、細工したコンテナの中で、看護と介護の真似をさせられた、王もウンザリしている。
今夜の襲撃を、一番喜んでいるのは王だろう。
事務所に放置した途端、寄ってきた暗殺者の救出部隊。
まずは、コイツラを皆殺しにする。
情報もいらない。
恐怖を通り越し、放心状態の、壁に繋いだ痴漢を一瞥した。
数時間前に連行した、クレアプロの二代目を巻き込んだのは、何かに使える予感がしたからだ。
殺すつもりはないが、死んでも構わない。
私は王から、旧式の狙撃銃を受け取った。
ロシアの漁船で密輸した、ドラグノフ・スナイパーライフルだ。効きすぎた空調で、銃身がキンキンに冷えてる。
……闘いの大半は、やる前に決まる。
敵の攻撃の届かないところから、見つかる前に撃つ。
交戦前にお馴染みの、汗からくるアドレナリンの匂いを嗅ぎながら、インカムに喋る。
「アシュラーより、スクールガールへ。殺り損ねた、タンゴが3。Mac10、ウージー、ショットガン。そちらから見えるか……送れ」
「スクールガールより、アシュラーへ。ノージョイ。移動許可を乞う……送れ」
「不許可。監視を続けろ。ヤバイ時は伝える」
通信を切ると同時に、バン、と音を立てて、倉庫内の照明が落ちた。
今いる、コンテナの中もだ。
ナイトビジョンを装着し、私は、裏から、コンテナを出た。
ドラグノフを片手にハシゴを登り、積まれたコンテナのてっぺんを目指す。
コンバースのバスケットシューズが、音を立てず、私を所定の位置まで運んでくれた。
倉庫の屋根に近い、コンテナの天井で、私は予め敷いてあった、カーペットに腹這いになった。
マンションの4階程の高さから、倉庫内を一望出来た。
私はほくそ笑んだ。
見える。
コンテナの陰に2人、もう1人は、明かりが灯った事務所に、ショットガンを構えてアプローチしている。3人とも、裸眼だ。
私は邪魔な暗視装置を外し、暗視スコープ越しにソイツを捉えると、無造作に引き金を引いた。
熟柿の様に頭が消し飛ぶ。
「デッド・ワン」
呟くと同時に、頭を引っ込める。
別々の方向から、天井に向け、弾丸が飛来する。
ドラグノフのマズルフラッシュを目撃したのか、片方は割と正確だった。
腕まくりした、白いカッターシャツに、油が擦り付けられるが、楽しくて仕方ない。
間髪入れず、下手から、王のM60が吠えた。
耳を弄する轟音と共に、死神の大群が送りつけられ、反撃が止んだ。
この倉庫一帯は、定時を過ぎると、人通りはゼロだ。廃棄されたコンテナの集積場も同然、だから、買い取ったのだ。
最後の一人は、入り口に向かい、逃亡した。
『スクールガール。タンゴを発見』
「殺せ。見せしめだ」
今回、わざわざ、救出部隊を誘き寄せたのは、『マフディ一家の暗殺は割に合わない』と言う事を周知させるために他ならない。
裏の世界の噂は早い。
誰も、マフディー家の暗殺は受けなくなるだろう。
それが一つ。
銃声が、倉庫の外から響く。
『タンゴ、無力化』
もう一つは、闇サイトの運営をしている、梁家の仇敵を叩くため。
暗殺者から、引き出した闇サイトの情報を、MI5、CIA、に持ち込んだが、あまり興味を示さなかった。自国に関係ない事は、二の次なのだろう。
次に、BBCの知り合いに打診すると、大喜びで特集を組んでくれた。
四日間も、死にかけた暗殺者の面倒をみていたのは、この為だ。
番組の最中、王が、暗殺者のパスワードでログインし、依頼者である、ハシム家の経歴と住所、依頼を受けた暗殺者の情報を顔写真付きでアップすると、立ちどころに、闇サイトは畳まれた。
もちろん、番組では、モザイクがかけられてたが。
これで、闇サイト運営者の、信用は崩壊した。
ヤツらは、必ず、サイトの秘密をバラした暗殺者を殺しに来るはずだ。
スクールガールが、報告を繰り返す。
『繰り返す、タンゴ無力……』
スクールガールの語尾は、連続する銃声に、かき消された。