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梁家の娘は笑わない 〜序章〜



 私はパーカーの万年筆で、スーパーのアンケート用紙の裏をノックした。


 娘のリーファにも、同じものを与えているが、一向に使う気配がない。


 コツコツと、叩く度に、インクが、A4用紙に飛び散る。様々な名前が、丸と線で結ばれたチャート図。考えをまとめる時にする儀式。


 港区の、港湾倉庫。


 高い天井に吊るされた、蛾や甲虫がまとわりつく、白銀灯の光量は充分だが、その横に幾つも吊るされたコンテナが、不吉な影を落とす。


 小学校の体育館ほどのスペースに、トレーラーが索くタイプのコンテナが、雑に積まれている。

 

 そのまま、クレーンで船に詰むタイプのヤツで、腐った穀物や、廃棄された工作機械が、中で死骸を晒している。

 

 重い鉄扉の外は、すぐ港。

 

 忍び込む潮風が、あらゆる鋼材の死期を早めている。


 私は、その中の一つで、ガタガタのスチール机に頬杖をついていた。


 20年前の工場用クーラーがたてる、騒音に交じって響く、男の悲鳴に顔をしかめる。


 12畳ほどの、錆びた鋼の空間に、命乞いする男の泣き声が、反響する。


「王、うるさい」


 私の部隊の巨漢は、殴打する手を止めて、ボヤいた。耳に、私と同じインカムを装着している。


「うるさいから、黙らそうとしてるんですがね……」


 後ろ手で、壁のパイプに繋がれた巨体の痴漢は、痣だらけ、変形した顔で喚く。


 王と同じくらいの巨体。

 高い位置で、両手を縛られているので、座るに座れない。

 

 「お許しください、お許しください! もう二度と、娘様には……ごげっ」


 男の側頭部に、手加減した肘を叩き込んだ王が、間延びした声で言った。


「当たり前だろう、そんなの。またやろうとか思ってたの?」


 泣きながら否定する男の顔に、私は近くに転がっていた、デカビタCの瓶をぶん投げた。


 側頭部で、派手に粉砕し、男は声もなく、身をよじる。


 素早く身を引いて顔を庇った、王にも、破片が飛んだ。


「ボス!」


 流石に、眉を顰める王の文句を無視し、私はキレた。


「汚物が、娘の事を口にすんじゃねえ! 耳、切り落とすぞ!……すまん、王」


 こめかみから血を流しながら、情けない声で泣く男、仕方なさそうに頷く王。


 この変態が、娘にやった事を思えば、刻んでも飽き足りない。娘親ならわかるだろう。


 だが……

 

 その時、インカムから、隊員の声が聞こえた。

 

「スクールガールより、アシュラーへ。ダンプカー1台、大型バン1台接近。今、眼下を通過」


 小柄なスキンヘッドを思い浮かべながら、応答する。


「アシュラーより、スクールガールへ。計画に変更なし。送れ」


「スクールガール、了解……スタンバイ」


 今、私がいるコンテナは、倉庫の隅にある。

 外観は、他の錆びたコンテナ群に紛れ込んでいるが、コチラが本当の事務所だ。


 入り口から見える、明かりのついた事務所はダミー。大阪大会でマフディーの母娘を襲った、大男の暗殺者を、放置している。

 手足の腱を、ナディア君の父に斬られ、薬で眠らせてあるので、逃げようがない。


 そして、その、暗殺者を救出に来たのが、今、表に止まった、バンと、ダンプカーだ。


 思ったとおり、マフディを襲った暗殺者は、保険を掛けていた。

 

 自分が捕まった場合、救出に来る様、手配をしていたのだ。

 

 十中八九、暗殺者の体には、位置を発信する、ビーコンが埋められているはずだ。


 入り口の巨大な鉄扉が、轟音をたてて、内側に凹んだ。


 痴漢が、体をすくめて、悲鳴を上げる。

 私は、4つのグリッドに別れた、ノートパソコンの画面を見つめる。


 表のウェブカメラから送られてくる映像。

 ダンプカーが、扉に体当たりしているのだ。


 大型エンジンの唸り声が響く。


 バックして、もう一度。

 スライド式のドアが、内側に曲がり、隙間を作った。


 私は、緊張し、すえた油の匂いを嗅ぎながら、画面に集中する。


 王が、床に置いてあったブルーシートを剥がし、M60 機関銃を持ち上げ、弾帯を装填した。

 

 壁に繋がれた痴漢が、口と目を開けて、それを凝視している。


 粗い画像の中、口を開いた扉から、敵が……

 

 入ってこない。


 ダンプカーは、もう一度勢いをつけ、扉に激突。


 内側に倒れる扉を踏みつぶしながら、ダンプカーが、驀進する。

 遠かった、爆音が、一気に倉庫内に侵入した。


 私は口の端を吊り上げた。


 そうだろうよ、どんな罠が待ってるかわからない以上、生身では来ねぇよな?


 ダンプカーを盾にして、大型バンも続く。


 こっちの戦力は3人。


 バラけられたら厄介だ。

 向こうは、10人くらいいるだろう。


 王がボヤく。


「つまんないですねぇ……読み通りすぎて」


「全くだ」


 私は、満を持して、エンターキーを押す。


 バチッと、天井の辺りで、火花が散った。


 次の瞬間、ワイヤーから解放されたコンテナの束が、地面に降り注ぎ、この世の終わりのような振動と轟音を立てた。


 痴漢は悲鳴をあげてひっくり返り、王は耳を塞いだが、私には、お祭り開始の号砲だった。


 私は、ワクワクしながら、思った。


  梁家に楯突いてくれてありがとうよ。

  さあ、始めようぜ?


 


 

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