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エピローグ 〜サヨナラの疫病神〜



 

 ガラガラいう、カートの音で目が覚めた。

 

「おはようございます。林堂さん、検温しますねー」


 ノックしながらドアを開ける。看護師さん。

意味ないよね?


ぼくは、一瞬、あせったけど、返事する前に気づいた。


隣が冷たい。


ジャス子が消えていた。


 微かに、ジャス子の匂いが残っているだけ。


食事の案内や、退院の時間の説明に生返事しながら、昨晩のことを考えてた。


ジャス子に抱かれたまま、ぼくは眠ったんだと思う。


体温と、彼女の匂い。首筋にかかる吐息と、優しい歌声が、ひと晩かけて、ぼくのコンプレックスを溶かしてくれた。


窓の外、太陽と青い空が一日の始まりを告げていた。排気ガスの匂いが、ジャス子の名残を消していく。


換気の為に開けられた、窓からの風が、カーテンを揺する。


連想したのは。


金髪の後ろ姿、スカートがはらむ風。


ぼくは、心に温かいもの、同時にぽっかりと穴が開いたような感覚を、同時に味わっていた。


 ……あいつ、すぐ、アメリカに行くのかな。


 朝食のトレイを置いて、看護師さんが、去った後も、僕はただ、空を眺めていた。



荷物を持って降りていくと、人であふれる、内科の待合席に、母さんが座っていた。


 メガネに、解いた長い髪。

 不機嫌そうな顔はいつもの事だけど、今日は輪をかけてしかめっ面だ。


ざわめきの中、近づくぼくを、じろりと見上げる。

 

「退院してきた」


荷物を掲げて見せる。


「凛、おまえ、この夏休みでどれだけ怪我しとんねん?」


ほんそれ。


「まー、まー。それだけ元気と人気のある、息子さんだということで……ごめん、蹴らないで」


母さんはため息をつき、俯きながら言った。


「……入院中、なんもなかったんか?」


「……あった」


 母さんが、うつむいたまま固まる。


 お互い、何も言わなくても、それは、ぼくの発作の事だってわかってる。


「……でも、大丈夫」


 ぼくは、穏やかな声で言った。


 驚いて、顔を上げる母さん。

 目の下にくまができてる。

 明らかに寝てない。


 ごめんね。いつか、きちんと謝りたい。

 昔の事も。今日の事も。

 助けてくれた、金髪の横顔を、思い出す。

 

 ぼくは、自分にツッコむ。

 死んだわけじゃねーっての。


 ぼくをガン見する母さんに、笑って言った。


「ぼくには、ステキな疫病神が、憑いてるから」


 数秒後、険しい目つきになった、母さんが、立ち上がった。僕より少し背が高い。


「こん、エロガキ……一晩中、スマホしとったんちゃうやろな?」


「バレたか」


 ぼくは、自分のスマホを取り出した。

 疫病神の置土産。


 朝、病院のWiFiパスワードのプレートと一緒に、枕許に置いてあった。


 ぼくはめんどくさがりだから、スマホにパスワードはかけてない。大事なデータもないし。


 ブロックしていたジャス子のlineも、ちゃっかり、解除されていた。


 ぼくは、総合受付に向かう、母さんの後に続きながら、顔文字のあんまりない、長文lineを思い出して、ちょっと笑ってしまった。


『まずは、ゴメンナサイ。凛といっしょにいたかったから、スマホ隠してました。ワタシのスマホがあるから、ヨカッタよね……?


 ワタシは、今日、アメリカに向かいます。


 次、会えるのがいつか分からないから、泣きたくなるほど淋しい。帰るとき泣いたけど……


 凛がカワイイ顔で寝てる間に、何年分かのキスはしておきました。全然足りないけど、あれくらいで勘弁してやろう。


 いつになるかわからないけど、日本に帰るまで、連絡はしません。だって、今だって、もう、会いたいもん。絶対泣いちゃうから……時々しか、連絡しないよ。


 ワタシがいない間も、下記の内容に励みたまえ。

 

 ジャス子との、お約束4箇条


 ひとつ、毎日ジャス子を、思い出すこと。

 ふたつ、ジャス子の裸以外は妄想禁止。

 みっつ、ジャス子以外の女とあんまり仲良くしない事。

 よっつ、時々、連絡して来る事。どうしてもだったら、毎日でも可。


以上。守らなかったら、泣いてやるからな。

 

 ……やっぱり、心配だろうから、向こうに着いたら連絡する!

 

 凛の肝臓を食べたい、ジャスミンより』



  ぼくはやっぱり笑ってしまった。

  決意、ブレすぎだろ?

 


 ……どう、返事しようか考えてたけど、シンプルにこれだな。

 


  ぼくは、マリオがあっかんべーしているスタンプと、「ありがとう、早く帰って来いよ!」

 の文章をlineした。


 秒で既読が着く。

 こえーよ。


『遅い! ずっと凛の写真見ながら、待ってたんだからな! 返事来なかったらどうしようって、ちょっと泣いてたんだからな! うん、すぐに帰ってくるよ! みんなによろしく。ダイスキ!』


「返信早っ……うおっ!」


 画面が変わり、lineの呼び出し音が鳴った。


 一瞬、ジャス子かな、って思ったけど違った。


 画面には、『マネージャーさん』の文字。


 一瞬してから、理解した。


 替え玉やってくれた、メグのマネージャーさんからだ。


 ウマ娘のコスプレやった時、line交換したもんな。


 不思議に思いながら、ぼくは通話に出た。

 なんの用だろう?


『あ……ベルくん? 朝早くからごめんね……うん、実はさ……助けてほしいんだけど。こないだの事で』





魔夏の疫病神編・完 



次回から、ガンアクション(予定)


新章です!


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