表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/1079

君の肝臓が食べたい





「……なあ、凜」


「……んー?」


午前0時を回った。

消灯時間は遠い過去。

 

二人で支えるスマホの、画面だけが、ぼくらを照らす。


流石に、3時間も一緒にこうしてると、最初の緊張はなくなってしまった。


同じ、シャンプーの匂い。左肩から触れる体温にも慣れ、心地よさだけを感じる。


金髪の妖精みたいな年下と、同じ布団にいる非日常。


 『入院』っていう非日常が、それを中和してくれているみたいだ。


「看護師さんばっかり、気にしてたけど、家の人が来たらアウトだったよね」


「来ないよ」


即答したぼくに、ジャス子が少しだけ振り向く気配。


ぼくは画面から眼を離さずに言った。


「父さんも、母さんも来ない」


ジャス子の吐息が、微かに首へと、かかる。


ぼくの声から、何を感じたのか、ジャス子が小さな声で謝った。


「ごめん。そもそも、入院、ワタシのせいだもんな」


ぼくは、安心させるために、ちょっとだけ笑った。


「二人が来ない理由とは、関係ないよ……」


 ジャス子が、なにか聞きたそうな気配。


 ぼくは、何も答えず、バーストされて、キレ散らかしてる、配信者を観てる。


ジャス子の左手が、夏掛けの下で、ぼくの右手を探りあてる。


遠慮がちに、4本指をそっと握って来る。


 柔らかい。


 少し、ドキッとした。


 ぼくは画面に集中しようとする。


 嫌な記憶が、黒い靄みたいに、湧き上がってきて、うまくいかない。


 最近は、平気だったのに。


 少しだけ呼吸が浅くなった。


数年前の記憶。

赤い視界。

 

医者、父さんと母さんの覗き込む影。病院の天井。


 ……病院の天井。


突然、跳ね起きたぼくに、ジャス子が悲鳴を上げた。


 手を振り、首を振って、足をばたばた動かす。


「り、凜!?」


 恐怖に満ちた、ジャス子の声も、ぼくには届かない。


 手に付いた水を切るみたいに、ぶんぶん手を振った。


 やめろ、やめろって!

 ぼくは、生きてるし、体も動く!

 もう終わったんだ、あの時だけだったんだ!


「凜、凜ってば!」


 ジャス子がぼくを、後ろから、半泣きで抱きすくめた。

 柔らかい身体が、ぼくを包む。


 ぼくの動きが、力なく止まる。


 ……お陰で、ぼくは、正気に返る事が出来た。


震えながら、自分自身に言い聞かす。


「もう、大丈夫、終わった、終わったんだよ……」


「凜、凜! お医者さん呼ぶ? 私に出来ることある?」


ベソをかきながら、ジャス子が、頼りなげに言った。


ぼくは答えなかった。


 答える余裕が無かった。


 背中を丸めて、顔を覆う。立てた両膝の夏掛けに、顔をうずめた。

 なにやってんだ。

 キモ過ぎんだろ、俺。


 ……やらかした。

 もう大丈夫だと思ったのに。


震えるぼくの背中を、一心にさする、ジャス子。

マジ泣きしながら、震える声で謝ってる。

なんでだよ。


「ごめんな……ごめんね、凜。ワタシが押しかけてこなかったら……」


ぼくは、激しく首を振った。


 ちがう。ちがうんだ。


 ぼくは、顔を伏せたまま、みっともなく泣き出した。


 誰にも見られたくなかった。

 あんな、恥ずかしい所、リーファにも見せたことないのに。


「凛、凛! 大丈夫だから! ワタシがいるよ……なんも出来ないけど……」


 背中が温かい。


「離れていいぞ……キモいだろ、俺……」


 ぼくの言葉に逆らうみたいに、ぼくを強く抱きしめた。首を振る気配。

鈴の鳴るような声で、金髪の天使は言った。


「全然……全部、凛だから」


 その言葉は、ぼくのいじけた気持ちを貫いた。


 ぼくは顔を上げて、ジャス子の目をみる。


 ひどい顔だろうな。

 もう、コイツに、一生、年上ぶるのは無理かも知れない。


 ぼくの情けない顔を見つめるジャス子。

 ジャス子も、すっぱいのをこらえるみたいな顔。美少女が台無しだけど……

 きっと、ぼくもおんなじ様な顔。


「ワタシの負けでいいや。おいで……」


 泣き笑いでそう言うと、両手を広げて言った。


「ここにいるよ?」


 ダボダボのTシャツを来た、華奢な姿が涙で滲む。


 限界だった。


 ぼくは、みっともなく、ジャス子の胸にしがみつくと、お腹に顔を埋めて泣いた。


「大丈夫……大丈夫」


 ずっと怖かった。

 

 あの発作が再発するのが。

 

 何より怖いのが……

 

 誰かに、あの姿を見て、気持ち悪がられる事。


 なのに、再発した。

 どうしよう。

 どうしよう。


「……俺」


 そっと背中を撫でながら、うん、と呟いてくれる、ジャス子。


「事故で、首から下が動かなくなった時があったんだ」


 背中を擦る手が止まる。


 ……うん。


 震える声で、また、手を動かしてくれた。


「……怖くて。怖くて。ずっと泣いてた。それしかできなかったから……」


 ぼくの首筋に、ぽたぽたと雨が降ってきた。


「……うん。いるよ、ここに」


 絞り出すような声。


 ぼくは、ジャス子の太ももの間に、潜り込むように、隠れるみたい顔をこすりつける。


 涙も言葉も止まらない。


「あの頃の父さんは、狂ってた。ぼくを、正義の戦闘マシーンにすることしか、頭に無かった」


「……うん」


「いつもの、『修行』の最中に、ぼくはケガして病院に運ばれた。ぼくは『オマエラみんな死ね、消えろ、一生許さない』って叫んでた……」


 ジャス子が、とぎれとぎれに言った。


「辛かった……ね」


 ぼくは頷いた。


「怖かった……ホントに怖かったんだ。思い出したくない……だから父さん達は、病院には絶対来ない。発作が再発するから」


「ごめんね。なんも知らないで……ゴメンネ」


「何日かして、体が動くようになった。ぼくは、また、動かなくなるんじゃないかって……怖くて……キモかったろ、俺」


 ジャス子は、ぼくの頭に口づけた。


「そんなわけない。こんなに大好きなんだから」


 え……?


「もう無理。全然無理。キミをお腹の中に隠したい。どんな悲しみからも守りたい」


 ぼくは、顔を上げるのが……怖かった。

 僕は、取り返しのつかない事……したのか?


 ジャス子は、ぼくの上に覆い被さった。


「何してもいいよ。なんでもしてあげる。ワタシなんかで良かったら」


 柔らかくて、やっぱり、ミントの香りがした。

 そして……

 すごく、安心した。

 

 冷房のおかげで、ジャス子の火照った体も、心地いいだけだった。


「サトシより、好きな人が出来るなんて、考えられなかった。でも、出来ちゃった。ある意味、にいにより、好きになっちゃイケナイ人なのに……」


 ぼくは、凍りついた。

 そんな風になるなんて、考えた事もなかった。


「何も言わないでね、凛。今は夜の魔法に掛かってて。きっと、夢なんだよ、コレ……ジェーガレト・ボーラム」


 ジャス子は、ひくつく、ぼくの背中を撫でながら、優しい声でひとりごちる。


「ペルシャの愛の言葉。いま、気持ちが、初めて分かった……意味は」


 ジャス子は、耳元で、囁いた。


「『君の肝臓が食べたい』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ