デコピン
ぼくは、あわてて、ジャス子の口を塞ぐ。
頼む、静かにしてくれ!
ぼくは、泣きそうな顔で、人差し指を立てる。
怒るとまた泣くもん!
ああ、もう!
そんなことしたら、詰むし、しないけどさ!
ぼくは、世界中に向けて弁解したかった。
仕方ないだろ、ぼくだって男子なんだぞ!こんな状況で、何とも無いわけないじゃんかよ!
認めたくないけど、コイツ、外見、超強いんだぞ! ソイツが、ベソかいて全裸で抱きついて来たら、だれでもこうなるよな? な? な?
オマケに、ナディアの胸揉んじゃった時の事、連想しちゃったから、余計エラいこっちゃが長引くんデスヨ!
あ、また、思い出しちゃった、マズ!
ジャス子も、大声を出すヤバさを思い出し、すぐ叫ぶのをやめてくれた。
ぼくは、びくびくしながら、耳を澄ます。
……大丈夫みたいだ。
なんだよ、病院で足音、気にするとか、バイオハザードじゃないんだぞ、ジルの丸焼き1丁上がりだぞ。
「叫ぶなよ、手を放すから叫ぶなよ? 自分で口押さえといてくれ、頼む」
ぼくが祈るように言うと、眼を見開いたまま、頷いた。
そうっと手を放すと、ジャス子が急いで、自分の口を覆う。
そうだ、分かってくれたか? 見つかったら、二人ともアウト、リスポーンなしの、1スト勝負なんだ。
もう一度、しー。
二人して頷くと、ぼくは、ツルツルの安っぽい壁に背をあずけて、立ち上がる。床と同じ、強化プラスチックだ。
びしょびしょの短パンと、Tシャツが重いけど、ジャス子は素っ裸だし、早く出ないと。
スライドドアをそっと開け、人の気配がないか、うかがう。
隙間から、湯気が流れ出た。
カーテンの向こうに、人の気配なし。
廊下から、近づいてくる足音なし。
よし。
ホッと息をつき、中腰をやめて、振り向いた。
「大丈夫……」
短パンのとんがったとこが、何かに当たる。
ペタンコ座りしてる、ジャス子のおでこだった。
時間が止まる。
寄り目になって、超至近距離のそれをガン見する、青い目。
恥ずかしいとか、やらかした、とか言う思いより、あまりの現実感の無さに、ぼくは固まった。
口もとを押さえたままのジャス子が、ゆっくりと僕を見上げ……
目があった。
「……!」
ぼくは一瞬、踊ってから、しゃがみ込み、ジャス子は、腕とお尻を使って、高速バック、向かいの壁にぶつかった。
そして、ぼくは、見てしまった。
わずかに膨らんだ2つの胸と……
両膝、立ててるから……見てしまった。
決して見ては、いけない部分を。
頭と、全身がしびれて、目が離せない。
雪みたいに白い肌、桃色のアクセント。
水滴が輝いて、その表面を流れていく。
そして……
ジャス子が、ぼくの見開いた視線の先を追い、その終着点に気付くと、光速で足を閉じた。
アレ?
パンツ、さらにキツくなって来たんだけど?
ジャス子もそれに気づいて、真っ赤を通り越した顔で、涙をにじます。
……怒ってる……よね?
答えは、顔面に飛んできた、ボディシャンプーの容器だった。
「凛の、ド変態!」
額に直撃、のけぞりながら、ぼくは思った。
デスヨネー。
看護師さんが押すカートが、去っていく音を確認してから、ぼくはトイレのドアをノックした。
「もう、出てきていいぞ」
疲れきった声で言うと、ぼくは、ノロノロとベッドに戻った。
しばらくして、トイレのドアが開く音。
ちょっと離れて立ってる気配。
気まずい。
とても、目を合わせられない。
ぼくは夏掛けの、解れた糸を見つめていた。
さっきの、衝撃的なシーンを思い出してしまい、布団を握りしめる。
「……ワタシの裸、思い出してんだろ」
動転した僕は、踊ってしまった。
「ななナニ言ってんの、バカじゃないの!?」
ぼくのTシャツと、新品のトランクスを履いて、上目遣いで、ぼくをニラむジャス子。頬が赤い。
ウェストが全然あわないから、ズレないように、ゴムのとこを握ってる。
「ヘンタイ、チカン、エロオヤジ。エッチ・スケッチ・ワンタッチ」
最後のゴロ合わせは、ナニ?
横を向いて、口を尖らす、ジャス子。
「ゴーカン魔みたいな顔で、抱きついて来たり、あんな風になった、あんな物でデコピンしたり……凛が、超危険な、特級呪物だって、良くわかったよ」
ヤメてよ、そんな言い方。
呪術廻戦は、好きだけどさ?
「事故だって! わざとじゃないし」
キッとぼくをニラむ。
「アタリマエだろ! わざとだったら……」
……何だよ、リンスの容器も投げたのか?
オデコどうしたっのて、看護師さんにきかれたんですケド。
ジャス子は、困ったように、ゴニョゴニョ言った。
「わざとだったら……口きかないもん」
……アレ? なんか。
「可愛くね、ソレ?」
しもた、口に出た。
「うう、うるせえな! もう、いいよ。ワタシの裸で、ああなったんなら、しゃーない。うん、しゃーない」
……ジャス子。
……なんか、機嫌よくね?
ぼくの勘違い?
「とりあえず、横に入れろよ。壁側。誰か来たら、床に落ちて、ベッド下に隠れるし」
「くら寿司の、皿かよ……」
ぼくは、ぼやきながら、布団をめくった。
ジャス子が、赤い顔でモジモジしてる。
ちょっと恥ずかしそうに言った。
「……もう……タッテない? 別にいいけど……順番、大事じゃん?」
「タッテないし、別に良くねぇわ!」