お風呂場、攻防戦
「ウッヒョー、ハスマイラ・ネキ、サイコー過ぎんか? どん兵衛まであるぜ……『これは非常食ッス』ってメモが……分かってるよなあ」
ベッドの横にしゃがみこんで、上機嫌でぼくの荷物を漁るジャス子。
タイトスカートだからパンツが丸見えだ。
ぼくは情けない気持ちで目をそらす。
ベッドに腰掛け、うなだれているぼくには、返事する気力もない。
やらかした。
ぼくは、なんて事を……
23時から、2時間はある配信(予定)一緒に観てたら、終電ないじゃん。
さっき時計見たら、19時回ってたし……
覚悟を決めるしかないのか。
「ほれ、約束のヤツ」
口もとに、何か差し込まれた。
歯の向こうに、甘い味がしみ込む。イチゴポッキーだ。
「離すよ……凛、今からのスケジュールなんだけど」
もぐもぐ口を動かしながら、うらめしげにジャス子を見ると、その視線に気づかず、スマホを読み上げる。
「まず、あと何回、看護師さん来るかだよな? 風呂入るし、電話かけに行くから、何時にベッドにいればいいか、教えて下さい、って尋ねて来て」
ぼくは、もぐもぐをやめて、感心した。
……なるほど。
「何より、シャワー。ワタシのミント臭、まだ消えてなかったら怪しまれるだろ? 備え付けのシャンプーで、二人とも同じ匂いにすんぞ」
「……オマエ、頭いいな」
ぼくは、すねるのも忘れて感心した。
そうだ。
切り替えないと。
どのみち、ジャス子に、今から京都まで帰れって言う訳に行かない。
なら、是が非でも、バレない様にするんだ。
ジャス子と、ぼくの、命のために。
そう考えれば、スマホ没収されたのも、ある意味よかったかも知れない。
リーファ達が、連絡して来る事ないもんな。
嘘つかなくていいし、ボロが出る事もない。
「……んで、こっからなんだけど」
ジャス子が、落ち着き無く、前髪をいじる。
顔が赤い。
チョッキみたいな上着は脱いでるから、可愛らしい線画の描かれたTシャツと、タイトスカート。ネックレスは、いつの間にか外してる。
コイツ、何着ても似合うよな、脚長いし。
オカッパ頭は、ニーソックスを履いた脚をもじもじさせながら、言った。
「凛、先に入って。その後……ワタシ独りで入るワケにいかないよな? 凛がベッドにいるのに、シャワーの音がしてたら、オカシイだろ?」
「……あっ」
ホントだ! そんな、エロ中年の不倫現場みたいなとこに、看護師さんが来たらアウトやん!
ジャス子が、どもりながら、続ける。
「だ、だから、少なくとも、脱衣所には、い、いてもらわないと」
ま、まあ、それくらいなら……
ぼくも顔が熱くなった。
チラチラとお互いの顔をうかがう。
緊張に負けたジャス子が、真っ赤な顔で笑いながら、ぼくの肩をバンバン叩いた。
「んだよ、別に見てもいいけどさ! ヤセっポッチで、面白くもなんともねーぞ!? さ、ナースステーション行って来て!」
「お先」
「……うん」
シャワー室の中で着替えてから、脱衣所で待ってたジャス子に言った。
カーテンの向こうは、病室の入り口。
だれかが、イキナリ入ってきたらアウトだ。
パキスタンやら大会やらが重なって、散髪サボってたから、大分、髪が伸びてる。
「な、なんか雰囲気、違くない?」
赤い顔で目をみはっている、ジャス子。
「そうか?……」
ぼくは、目に被さってくる、前髪をかきあげながら言った。
ちょうど、鏡があったから、しかめっ面で見た。
……替え玉やってくれた、メグにちょっとだけ似た顔。日焼けしてるし、ろくでもない事続きだから、目つきが悪くなってるな。
ボサボサの髪が濡れて、着てるTシャツに、所々水滴がにじんでた。
バスタオルは、一本しかなかったから、ジャス子に譲った。洗面用のタオルでなんとかしなきゃ。
「色々と、マジ反則なんだよな、もう……」
口もとを覆って、わけわかんない事言ってるジャス子を叱る。
「早よ入れ。看護師さん、後30分は来ないはずだけど、わかったもんじゃないだろ」
「わーってるって……あのさ、着替え借りるぞ?」
「いいけど……サイズ合うやつあったんかよ?」
「ん、まあ……」
歯切れ悪く答えると、洗面台の前に着替え、その他をくるんだバスタオルを置いた。
「終わったら、声掛けるから、それ渡して」
返事する間もなく、サッサと、シャワー室のドアを閉める。
すりガラスの向こうで、影が動くたびに、服を脱ぐ音がして、ドキドキした。
少しだけ、ドアがひらくと、何かが、ポイと放り投げられた。
それが、Tシャツとブラジャーだとわかった瞬間、視界がブレるほどの衝撃を受けた。
なんていうか、ナディア達の下着姿を見たときより、生々しく感じてしまった。
音速で横を向いたから、首がボキリと鳴る。
心臓の音がうるさい。
シャワー室の、扉の向こうで、少しためらう気配。
「み、見てないよな、脱いだヤツ」
「ああ当たり前じゃん、誰が見るか!」
「なんか……メッチャ恥ずかしいから、絶対見んなよ? 見たら……怒るかんな」
最後は、弱々しく呟き、何かがシャワー室から、放り投げられるのが見えた。心臓が跳ねる。
すぐに、シャワーの音がし始めて、ホッとした。
ぼくは、背中でその音を聞きながら、仕切りのカーテンをぼんやりと見つめた。
……なんか、非日常過ぎて、感覚がバグっている。自分の部屋の天井と、スマホが恋しい。
帰りたいなあ。緊張で眠れる自信がないよ。
まあ、配信は観ますが。
その時、ガラガラとカートの音が、廊下を近づいてきた。
嘘だろ、なんで!?
ぼくはシャワー室の扉を叩いて、小さく叫んだ。
「ヤバイ、来た!」
「えっ、マジ!?」
考えるヒマもなく、ゴンゴンと、扉がノックされる。
「林堂さーん、おられますー?」
ぼくは、反射的に答えた。
「は、はーい!」
「あ、いたいた、入りますね」
ガラッと音がした瞬間、ぼくは、反射的に、散らばってる下着をかき集めて、シャワー室に飛び込んだ。