女子の罠は、いつでも巧妙
「よーし、よく食べたな、姉ちゃんうれしいぜ?」
「やめろって!」
頭を撫でてくる手を払い、ぼくはイイ顔で笑う、ジャス子をニラむ。
全体的に、味は薄いし、しかもおかゆ。
病人食だからしゃーないけど……
はやく、ポテチと、カレーパンが食べたいんだよ!
だから、涙を飲んで、介護されてたんじゃないの!
『はい、あ~ん……お粥でも、ちゃんと噛めって……口もと付いてる……ん……味薄いな』
クッソ!
クッソぅ!
なんで、年下に……
ジンとか、いつメンに知られたら、一生チョクられる!
ぼくの口もとに付いてたヤツ、食べやがった時には、絶叫しそうになったよ、ゆでダコみたいな顔して、何やってんの!?
どこのバカップルだよ、人差し指くわえたほっぺ、両側に伸ばしてやろうかって思ったわ!
午後7時近く、窓の外の空は、星が輝きはじめてる。
タイトスカート、Tシャツの上に……チョッキ? の金髪は、ぼくのジト目を、気にした風もなくトレイを持って、廊下に出ようとする。
「おい、ヤバイだろ!?」
「あ、そーだった……凛、頼める?」
「貸せって」
向こうに人が立ってないか、確認してから、そうっとドアを開けた。
よく考えたら、入院してるぼくが、トレイを返しに行ってるだけだから、ビビる必要ないんだよな。
それでも、そそくさと、部屋に戻ると、ジャス子がスマホで喋っていた。
ベッドに上半身をべとーっと預けている。
「……ん、そう。今日帰れるかどうかわかんない……って言うか、帰らん。ママから、オヤジ(仮)にうまい事言っといて……それくらいしろよ……え……」
口を半開きにしてるぼくをよそに、人差し指を、シーツにグリグリしている。
「るせーよ、放っとけって……まーな。どんなって……カワイイ? だけでもなくてさ、こう、ワイルドで、乱暴なのに、お子ちゃまだから、もう、キュンどこじゃ……んな事出来るか、小学生だぞ!? あーもういい、んじゃ、言ったからな!」
スマホをベッドに放り出し、はー、とため息をついた。
背後で棒立ちの、ぼくに気づかないジャス子。
黄色い声をあげて、ベッドにダイブすると、ぼくの枕に顔を埋め、足をバタバタさせた。
Hahaha、ご機嫌やーん?
「匂いがする……シアワセ。持って帰ろっかな」
なんの匂いだよ?
薬か? 病院好きなんか?
窃盗で捕まるわ。
鼻歌歌ってないで、そろそろ気付いてほしいんだけど。
ぼくが、咳払いをすると、ピタリと動きが止まった。
「……いつから?」
「今日は帰らん、あたりから」
静止する世界。
消毒液や、薬品の匂いと、廊下の音だけが、部屋に満ちてる。
ジャス子は、横になったまま、エラソーに、布団をポンポンした。
「まあ、来いよ。寝たら帰るから」
「ウソつけ、ボケ! 何考えてんだ!?」
ジャス子は、素早く布団に潜り込むと、一歩も引かない構えで言った。
「んだよ、ケチケチすんなよ、帰るとこねぇんだって!」
……!
ふざけんな!
そうならない様に俺は……
「アホか! 言っていい事と、悪い事が……」
「悪かったよ、頑張ってくれたもんな! でも……帰り辛いんだよ」
言葉に詰まる、ぼく。
「それは……」
ジャス子が、こっちに後頭部を向けたまま、弱弱しく呟く。
「そりゃ、さっきまで、にいに達と一緒にいて、フツーに話してたよ? 喋る内容も、これからのコトばっかりだったから……でも」
ジャス子の言いたい事が、分かってしまった。
「これから、どんな顔していいか、よくわかんなくなった……」
「……」
そだよな。
今まで、サトシへの『好き』を抑えて、妹やってたのに、急に、ゴメン、うそって言われても……
そりゃ、ジャス子の奴、それ聞いたときは、クククとか、悪役笑いしてたよ?
……でも、ただの強がりやん、絶対?
そんな、すぐに切り替えられるかよ。
「……からって、泊まりなんか無理だぞ? 看護師さん来るし。また騒ぎになりたいんかよ」
「わーってる、マジ悪いって思ってるよ、面倒しか、かけて無いんだから……」
最後は涙声。
えー。
ずるーい。
「ウザいのも、わかってる。これ以上、凛に嫌われんのも……ヤダ」
なんだろう……
その否定しない訳にいかない、独り言、ヤメてもらってもいいスカ?
「別に、嫌いとか言ってないだろ……そうだ! リーファか、オリガん家に……」
涙を浮かべたまま、何言ってんだこいつ、な目で、こっちを見るジャス子。
「絶対ねえわ。『帰ったんじゃなかったの?』って聞かれたら、どう答えんだよ? あの二人にウソなんかつきたくないし、正直に言ったら、今日が命日だぞ? 凛とワタシの」
……確かに。
いや、何でぼくが、『使えねー』みたいな目で見られなきゃならんのさ!?
不満そうにしてるぼくに気づかず、ジャス子は、言った。
「9時には消灯だから、看護師さん、あと一回は来るだろな。逆に言えば、それ以後は来ないよ。アタシは、さっきみたいにベッドの下でいいって」
……そんな訳に行くかよ。
ぼくがふてくされて、口を尖らしてると、ジャス子が、ちょっと苦しそうに言った。
「だから、その顔ヤメロって……カワイイな、もう……何でもない。それと、さっき荷物漁ってたら、着替えと一緒に、メモがあったぞ? 『スマホは明日まで預かるッスよ。凛ママからの命令です』って。それと、この部屋、WiFiのパスワード、置いてない。ハスマイラ・ネキの仕事だろーな」
「うええ!?」
やっぱり……
ぼくは、ガックリと肩を落とした。
そりゃ、病人だもんね。
スマホあったら、ここぞとばかりに、夜更かしするもんね。
自分でも、自信アリマス、スミマセンでした。
「あああ、観たい配信あったのに……」
アーカイブで観れるだろ、とかいうなよ?
そんな奴らは、一生ぼくたちとは、分かり合えないぞ。
何故か、肩がむき出しになってるジャス子が、布団から、スマホをかざした。
「ワタシの使っていいぞ。ちな、あと、8ギガ残ってるから、余裕」
「おおお!?」
神? いや、天使だろ、金髪だし!
ぼくは、一回諦めてたから、余計に、テンション爆上がりで、ベッドに駆け寄った。
「超・デカした、オマエ最高!」
全力で、頭を撫でくりまわして、頬を挟んだ。
ジャス子は、真っ赤な顔で、うれしそうにスマイル。
「へへ……仕事デキルだろ、ワタシも? そんな、面白いの、それ?」
「よく聞いてくれた! よくある、全キャラVIP入れ企画なんだけど、SP大嫌いなデラプレイヤーが、イヤイヤやるトコが、超笑えるんだよ!」
ジャス子が、青い目をキラキラさせた。
「何ソレ、ワタシも観たい! 何時から?」
わかりみだな、さすが、スマ勢!
ぼくは、勢いこんで言った。
「23時から、2時間くらい……一緒に観ようぜ!」
「うん!」