表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/1077

ハスマイラは見た






ぼくは、目を見開いて、凍りついてる、相棒から唇を離した。


 視界が、ところどころ赤くて、体が重い。


 ぼくに両肩を掴まれて、ひっくり返った犬みたいに、両手をちぢこまらせた、リーファ。


 真っ赤な顔して、宇宙人を見るような眼で、ぼくを見ていた。


 とっくに、暑くなり始めた朝の太陽が、照らすリビング。空調が、静かに音を立ててる。

 

 ぼくは、しゃがれた声でたずねる。


「……治った?」


「コ、コラー!!」


 リーファが、ギョッとしたように、入り口を振り返ると、ハスマイラさんが、大声を上げて部屋に入って来る所だった。


 リーファが、慌ててぼくを背後にかばおうとしたせいで、布団に放り出された。


「違うの、これ違うって! ……ってか、ハス、いつの間に!?」


 真っ赤な顔した、パンツスーツのハスマイラさんが、手に持ってた車の鍵を放り出して、ズカズカ迫ってくる。


「近くまで来たら、超エロい声がしたから、そっと覗いてました! 昼ドラみたいにペロってたとこから!」


「いや、ならフツー止めるだろ、どこの家政婦さ!? アタシが言うのもなんだけど!」


大の字に寝転んで、ぼくは天井を見上げた。


 喉、乾いたな。


 ハスマイラさんの声が、あちこちから降ってくる。


 リーファが、通せんぼしてるのがわかった。


「凜、寝ボケてるだけだって! それより、熱、病院!」


「ナニを白々しい……んじゃ、アレはなんスカ? 朝ダチとか言わさないッスよ!?」


 リーファの振り向く気配。


 一瞬置いて、甲高い悲鳴が、長くひびく。


 うるっさいなあ、頭ズキズキすんのに……


「な、なんだべ、後半、嬉しそうに聞こえたっペよ!?」


「う、うれしそうとかないし! 変なコト言うなし!」


「なら、指の隙間から見るのやめ! アタシ、それで失敗してるべさ!」


「……あのさ、ハス」


「ナンスか? のくッス、悪い子は、よその子でも容赦しないッスよ!?」


「アレ……間違いなく、アレしてるよね? アタシで、ああなったんだよね?……蹴るな、ゆずれない、闘いがあるんだよ!」


「天井眺めてて、ああなったかもしれないッスよ? ……蹴るなって。なんか、少年、ヘラヘラ笑ってるし……ああっ、吐いた、笑いゲロ!…… むせてる、ヤバイッス!」



 

目を覚ませば、知らない天井。


 ぼくは、しばらく、身動きせずに、ここがどこかを思い出そうとしていた。


 少し視線をずらすと、ぶら下げられた透明の容器から伸びたチューブが、見えた。


 ……病院か。


 ベッドは、僕の寝ているやつだけ。

個室だ。

 学校の保健室みたいに、特徴のない部屋。


 カード式のテレビと、小さなクローゼット。

 誰かが持って来てくれたのか、見覚えのある僕の荷物。


 窓から見えるビルと、民家の屋根を、少しだけ色のついた太陽が、ギラギラと照らしてる。


 夕方4時くらいかな。

 

 頭痛は治まってる。

 体はダルいけど。


 ……大分、思い出してきた。


 サトシに、吐きながら喚き散らして、その後、肩を借りて着替えたことも。


 でも、それ以降の事が、全く思い出せない。


 ……気分が重くなる。


 何人かは、間違いなく怒らせてるはずだ。


僕は、のろのろと体を起し、自分のスマホを探した。


 とりあえず、手もとに無いと、落ち着かない。


 白い大きな枕のそばにも、アクエリアスの350mLが置かれたテレビのそばにも無い。


 僕は舌打ちした。


 これ、母さん来たのか?


 ……それはないはずだ。


 色々やらかしたから、ハスマイラさん経由で、没収されたのかもしれない。


 まあ、病人にスマホ、イジらさない、つもりなだけかも知れないけど。


 ぼくは、ため息をついて、また、横になった。


「ストップ。ため息は、幸せが逃げる」


「おわあっ」


 どこからとも無く、女子の声。


 僕は、慌てて、体を起し、警戒する。

 

大して広さのない部屋。

 クローゼットの陰、窓の外、誰もいない。


「そ、その声は、ジャス子。どこだ!?」


「ここ」


「おうっ!?」


 ごろごろと、ミイラのポーズで、ベッドの下から転がり出てきた、ジャス子に、2回目の悲鳴をあげる。


「オマエ、なにやって……のわあっ」


 すっくと立ち上がった細い影は、無機質な仮面を被ってて、3回目の悲鳴を上げてしまった。


 いや、違う。


 サンバイザーのひさしを、下ろしてただけだ。

 

 ミニのタイトスカートに、ニーソックスとネックレス、昨晩と違う姿。


 なんか……オシャレだな。ホコリまみれだけど。


「フフ……ツカミは成功。ハローアゲインだよ、bro?」


「ホコリはたくな、病室だぞ……」


 いつも通りの反応にホッとする。


「オマエ、帰らなかったのか?」

 

ぼくの側の、丸椅子に腰掛けながら、ジャス子は言った。


 「お腹減ってたし、乗り換えの京橋駅で、ダラダラしてたら……凛くんが入院するって、グループlineがあったから」


 背筋を伸ばして、ジャス子が言った。

 サンバイザー越しに。


「お礼と、お詫びを、駒口家代表で言いに来たの……後、お別れと」

 



 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ