イイじゃん?
「……願いします、わたしに、凛くんを看させて下さい!」
ボンヤリとした、ぼくの意識に滑り込んで来る言葉。
……意識を無くしたのは、数分程度みたいだ。
細くて、柔らかい腕が、ぼくの頭を抱えてた。
ジャス子のあごと、金髪を見上げてるぼく。
ぼくを囲むリーファ達も、目を覚ました事に気づいてない。
「ジャス子ちゃん、キミも病人ッスよ。林堂君、怒らすだけっしょ? それに、この状態だと、救急連れて行くかもッス」
「でも、でも、何かしないと……わたし、ただのクズじゃんかよ!」
「ジャス子、ハスマイラに、任そ? 凛のために」
「ねえね、ハスマイラさん、お願いします、お願いします!」
頭を下げるジャス子の涙が、ぽたぽたとぼくの顔に落ちる。
……あほか。
オマエも、ヘロヘロのくせに。
熱の塊が、頭を突き上げて来る。
それでも、頭が少しはまわる。
この場を納めるんだ。
ぼくは、弱々しく、ジャス子のスカートの膝から、転がり落ちた。
「凛くん!」
驚くジャス子達。
あわてて、僕の頭を抱えようとするのを、押しとどめる。
ぼくは、死にかけのバッタみたいに、手をついて、身体を起こし、かすれた声で言った。
「ナディア、オリガ、相棒……ジャス子を頼む。面倒みてやってくれ」
「……任せて」
「了解じゃ」
「安心シテ」
「凛くん……」
泣きはらした、青い眼がぼくを見つめる。
白に近い、ブロンドが乱れ、ぼくたちの過酷だった一日を思い出させる。
ぼくは、焦点が定まらない眼で、ジャス子を見た。
「アニキ……借りるぞ?」
「任せえ……まずは風呂場行くで」
近づいてきた、サトシに支えられ、ぼくは立ち上がろうとした。
ジャス子が、手を握って離さない。
ワンピースに、ぼくの吐いたものがシミになってる。
汚れた、服を着てても、疫病神は、美しかった。
眉をよせ、出ない言葉をしぼり出すように、ジャス子が言う。
「凛くん……うれしかった。ありがとう」
ぼくを見上げる涙目に ―何がうれしかったのかも、よく理解しないまま― ぼくはうなずくと、風呂場に向かった。
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
柱時計は、一時前を指している。
リビングに残されたリーファ達も、そろそろ体力の限界……でもなかった。
一緒に住んでいる、ハスマイラも、薄々気づいてるだろうが、夏休みに入ってからは、この時間まで起きてるのはザラだ。
「さ、お嬢さん方はもう寝るッスよ。ジャス子ちゃんは……」
「シャワーする。熱があろうと、内臓、はみ出てても、それはゆずれない」
リーファ達は軽く笑う。
いつものジャス子節。
眼は腫れてるけど、表情の明るさは、隠すべくもない。スッキリしてて、何より、自信に満ちている。
にしても……大変な一日だった。
腋のとこがヒリヒリする。
あの、エロデブに触られたとこを、風呂で擦りすぎたせいだ。
思い出すと、嫌悪感で暗い気持ちになるが、総掛りで攻撃した上、パパ達が連れて行ったので、恨む気にもなれない。
でも、ナメクジに這われたようなおぞましさは、しばらく残るだろう。
「リーファちゃんの部屋に、布団敷いときました。あんまり、夜ふかししちゃダメっすよ?」
「凛タチハ、ドウスルノ?」
「サトシくんと、リビングで寝るッス。駒口さんは、女性ばかりでいたたまれないから、ネカフェに行かせてくれと言われました」
みんなが笑う。ジャス子さえ。
「ハスマイラさん、ワタシタチも、交代デ、凛、看ルヨ?」
「ジャス子も、参戦する」
「ダーメ。絶対ヤラシー事するっしょ? サトシくんと、拙者にお任せあれ」
「エー、チョットダケ! ダッテ……」
オリガが、頬を染めてじゅうたんの上を、ピョンピョン跳ねる。
「ダーリン、スッゴク、カッコヨカッタ! 今スグ、ギュッテシタイヨ!」
リーファと、ナディアは、乾いた笑いを立てた。
「HAHAHA…… またまた、オリガったら……抱きつくのは、ポールだけにしとけって」
「そうじゃ、そろそろ出勤時間じゃろ? 西成あたりに」
「ドンダケ、ポールダンス、サセタインダヨ!? シカモ、スラムジャネーカ!」
ホラホラ、馬鹿言ってないで、と促すハスマイラ。
眼と口を縦長にしている、リーファ達に、ジャスミンは、小声で言った。
「まあ、そだね……カッコよかった」
ピタリと止む騒音。
全員が注視する。
よれよれの、姿でも、やっぱり、コイツは飛びぬけて可愛い。
金髪の少女は、頬を染め、床を見つめて言った。
「にいに以外で、イイじゃん? って思った男子は初めて」