第四章 パルテナと定規、ゲムヲとゼリー(6)
《登場人物》
林堂 凜
主人公。 小6、男。 任天堂Switch 大乱闘スマッシュブラザーズが学校一うまい。
香咲 ナディア=マフディー
小6、女。パキスタンと日本人のハーフ。主人公と同じ学校。
梁 梨花
小6、女。台湾人と日本人のハーフ。主人公の幼馴染で、相棒。小学校は別。
ジン
クラスメイト。男。クラスのリーダーで、優しい
佐竹
クラスメイト。女。クラスのボス。
鈴香
ナディアの姉。高校生。
ナディアが、洗面所で着替えてる間に、僕は、アイツが部屋で吐いたあとを掃除した。
トイレから外してきた、トイレットペーパーで拭き取り、洗剤を吹きかける。
レスリングで慣れてる。小さい子達のお世話が、こんな時に役に立った。
廊下もおんなじように掃除する。ボールくらいの大きさになる前に、こまめにトイレに流す。
廊下の向こうを見ると、恐る恐るといった感じでナディアが、角から顔を半分出している。
僕は照れくささを隠すためわざと大股で近づき、濡れた手をジーンズで拭いてから「はい、乗って」と背中を見せた。
ん、と、せかす。
ナディアは、恐る恐る背中にもたれてきた。胸と僕の背中の間に腕を入れて、カチコチになってる。
軽々と持ち上げ、ベッドまで運ぶ。
ちょっと怯えた顔のナディアを、ベッドに寝かせ布団をあごのとこまであげてやる。
これすると、なんとなく、撫でられた猫みたいな気分になるんだ。
「林堂……怒っちょらんの?うち、すごい迷惑」
おでこを洗面所からもってきたタオルで拭って中断させた。
「迷惑だと思ってたら、帰ってる。冷蔵庫あけるぞ? 飲み物もってくる」
口もとを布団で隠して頷くナディアを残し、下に降りた。
林檎ジュースの飲みきりパックを持って上がってくると、ボソボソと話声がした。
「知らん、たちまち時間潰しときんちゃい。もう、うちにぶちやおいけえ、夢みたい。ほっぺとか……キャー!よおいわん!あっ……とにかく知らん、帰らんでええけん」
「……邪魔したか?」
「ぜんぜん!間違い電話じゃけん」
「知らん人にあんなに弾けてたの?」
「そ、そんなん、どうでもええじゃろ!その首……」
「レスリングでだから、覚えてない。そんなのどうでもいいだろ。ジュース持ってきた」
「うん……」
ナディアはおずおずと体を起こしストローを差して、飲み始めた。
「無理すんな……食べたいものないか?」
「ん、大丈夫じゃけ、ありがとう」
時計を見ると、17時前だ。
「お姉さん、どこまで買い物行ったのかな」
「……お姉ちゃん、買い物始めると長いけん」
ナディアをこのまま一人にできない。
ぼさぼさの髪で、恥ずかしそうにちまちまとジュースを飲むナディアは、なんだか小動物みたいだった。
「ナディア」
ナディアは、飲むのをやめて不安そうに僕を見た。
「無理して食べてくれて、ありがとうな。お前と組んだの正解だったって思う」
ナディアは真っ赤になると、俯いて、布団を握りしめた。
「そんなん……うち……」
「それと、リーファの事だけど」
ナディアが、身を固くする気配がした。
「なんでアイツとあんなにぶつかるのかわかんないけど……」
リーファもナディアと全く同じこと言ってたって言うべきか?
だとしたら、リーファにもナディアが同じこと言ってたって言わなきゃならない。
僕は迷ったあとこう言った。
「レスリングの事は互角だ。アイツ、あんなんだけど、うちのチームでは一番強いんだ。ナディア、アップもなしでブランクあったのにすごいよ。火の玉みたいなタックルだった」
ナディアは無言。
女の子の事なんかわかんない僕でも分る。
ナディアが聞きたいのはこんな言葉じゃない。
「それと……スマブラでさ、ピーチ姫もゼルダもタイプは違うけどどっちも人気あるじゃん?」
リーファもチームでは人気ある。無表情だけどひょうきんで、年下に優しいし、まあ、見た目いいから。
低学年の子でケッコンすると言ってる子もいる。
ナディアはやっぱり無言。
いや。
なんか、不可視のプレッシャーを感じる。
新築らしい、家を包む静寂。
続きを言わない限り、時間を止めるぞって感じの、重力に僕は負けた。
「ナディアも……別に……」
「……」
「全然……負けてないっていうか……その、見た目」
顔が熱くなって、最後はゴニョゴニョになっちゃって。
ナディアはヒザを引き寄せ、丸くなって布団に顔を埋めた。
耳まで赤いのを見て、慌てて立ち上がった。
「お腹減ったな!冷蔵庫で、プリン見つけたから一緒にたべないか?」
顔がメッチャ熱い。
布団をひきつけたまま、頷くナディア。
「好きだろ?取ってくる」
何度もうなずき、絞り出すような声で言った。
「ぶち好き……うちが、いっちゃん好きじゃけ」