気持ちは、もう、灼熱鉄板土下座
「……聞こうか。気持ちは、既に、灼熱鉄板土下座や」
サトシが、ジャス子の前に一人正座する。
青い顔した、疫病神も、それにならった。
広いリビングの、壁代わりのガラスから、鉄塔の点滅する、赤い光が見える。
熱で、ぼうっとするけど、横になるわけにもいかないし、ぼくは、あぐらをかいたままだ。
オリガが、素早く、ジャス子とぼくのおでこに冷えピタを貼る。
……確かに、熱、上がりそうだよな。
「サトシ君、また明日にした方がいいッスよ?時間が時間だし」
サトシが、本当に申し訳無さそうに言った。
「すみません、ハスマイラさん、みんなも……すぐに済ませますので、堪忍してください。非常識なんは、分かってます……ジャス、早よ言え」
「えっと、泉州のおばちゃんのお年玉で……」
「なんの情報やねん。凛の学校行ったとこからじゃ。凛がなんで、ここまでオマエに付き合ったんや?」
一瞬チラリと、ぼくを見る、ジャス子。
パンツの事とか言わなくていい、その意味を込めて、小さく首を振った。
逆効果だった。
「どないして、脅迫した?」
え、何でバレた?
息を呑むジャス子を、追い詰めるサトシ。
「脅迫か、買収……をしようにも、オマエ、デュエマのカードとか、男子が喜ぶもんは持っとらんやろ……そうか」
サトシは、斜め上に視線をそらせ、呟いた。
「男子が嫌がるモンは、持っとるな……出せ」
なんだよ、エスパーか!?
「さすが、兄じゃの、リー」
「兄妹ってスゴいね、オリガ」
「ワタシ、ココマデ、エスパージャナイヨ……」
感心して呟く三人。
コイツラ、ジャス子が持ってた、クッキンアイドル・まいんパンツの使い途、大体想像ついたみたいだ。
固まっていたジャス子が、ポケットから、例のパンツを取り出し、震える手でじゅうたんの上に置く。
サトシは、それに視線を動かした。
「それ使って、一日中付き合わせた訳やな。凛、俺が通話かけた時、ドッジボールしてたはずや。その後、すぐ、スタジオ向かう、言うてlineもろた……続けろ」
恐ろしく効率的なしゃべり方だ。
コイツ、ハスマイラさん並みに頭の回転、速いだろ?
「……駒口さん、サトシ君、仕事できるっしよ?」
「普段、気を抜いて生きてるから、その反動かな、と」
「スタジオで、ねえねにチカンしたデヴの親父がいたから、みんなでシメて……」
「……ふうん」
「サトシ君、それはホントです。うちのリーファを護ってくれました」
目を合わせたサトシに、ハスマイラさんは、真剣に言った。
「ワタシは、その時その場にいなかったの。ジャス子ちゃんのお蔭で、最低限の被害で済んだんです」
サトシが、険しい顔をジャス子に向ける。
「また、テコンドー使ったんか? 相手どないなってん?」
「ねえねのお父さんが、連行した」
「それやったら、蹴り回す必要ないやろ? 下手したら、オマエが捕まるやんけ」
蹴り回したって断定する、サトシ。
実際そうなんだけど。
リーファが口を挟んだ。
「サトシくん、あれは、私を守ってくれたんだ。相手、180センチ、100キロはある変態だったんだ、スゴイ勇気だよ」
サトシは、断固として、首を振った。
「なら、余計、警察に任せるべきや。大怪我させられたらどないすんねん……みんながやで?」
一理あるけど……
「サトシ、さっき、首絞めた僕が言うのもなんだけど、必要だったんだ。女子が痴漢されるって、長いこと、心に残る傷になるんだぜ?」
「ぶん殴られても、一生残る傷になるわ。まず、逃げて110やろ。シメれるくらいなら、出来るはずやろが? なんの為のスマホやねん」
言葉に詰まるぼくをよそに、サトシは、リーファを見上げて言った。
「勘違いせんといてや、橘さん。妹に助けんな言うてんのとちゃうで? 助け方や。ジャス、やり方間違えたら、周りも大怪我するかもしれんやろ。そんなこと無かったって言えるか?」
黙り込むジャス子。
「……話が逸れた。橘さんとこ、泊めてもらおうとしたんやな? 香咲さんも、オリガさんもおる言うんは、お泊り会する予定でも、あったとこに混ぜてもろたんか?」
ジャス子が言いよどむ。
リーファが、助け舟を出した。
「ここからは、私達が……いいにくいのよ、ジャス子には。ある事で、私とオリガ達、険悪になったの。それを見越して、『相談があるから、みんな来てほしい』って言ってくれたの」
オリガとナディアがうなずく。
「でも、ヤッパリ、ケンカになって……私が部屋に閉じ篭って、ナディア達が帰りかけた……」
リーファが、許可を求めるみたいに、ジャス子を見る。
ジャス子は、じゅうたんを見つめたまま、細かく震えてる。
……どうしても言わなきゃならないのか?
ぼくとキスした事。
何より。
サトシを……好きなこと。
じゃないと、あそこで『ワタシのファーストキス返せ』って叫んだ理由が成り立たない。
そりゃ、ジャス子、いずれはそれを告げるにせよ……
いや、駒口さんにはバレてるよな、それ。
ジャス子、自分でダダ漏れさせてたんだから。
でも。
それは今じゃないだろう。
……何かないか?
何か。
ジャス子が、恐れてるのは……
そうだ、自分の気持ちがバレて、サトシに引かれる事だ。
そうか。
ジャス子が、ふるえてるのは、サトシに叱られる事じゃない。
頭がぼうっとする。
けど……
泣いてる女子をほっとけないよな?
たとえ、疫病神でも。
うまく行くかわからないけど……
やってやる。
ぼくは、そっとまわりを見回す。
オリガと目があった。
サトシがこちらを見てない事を確認して、ハンドサインで、『サトシに話しかけろ』って合図を出す。
「サトシ君、ジャスミン、熱上がってキテルカモ……明日ニシナイ?」
ぼくは、そのタイミングで、ジャス子に声をかける。
頼む、こっちを見てくれ。
サトシがオリガと話してるうちに。
「ジャス子……」
青い顔が、涙目をぼくに向ける。
追い詰められた表情。
ぼくは、素早く、口パクで言った。
『アワセロ』
目を見開く、冷えピタジャス子に、静かに問う。
「熱、キツイか?」
「……うん」
サトシが、焦って言った。
「スマン、もう終わる……ジャス、結論から。オマエ、何やって凛を怒らせた? ファーストキス返せってなんの事や?」
ぼくは舌打ちをこらえた。
あれ、聞こえてたのか。
なら。
「そこからは、ぼくが」
サトシがぼくを振り向く。
表情は険しい。
キスって聞いたら、穏やかじゃないか?
……そうあってほしい。
だって、ジャス子……
時々、イイヤツなんだぜ?
ぼくは、微笑んで言った。
おでこの冷えピタが、しまらないだろうけど。
「ジャス子。繰り返すけど、生きててくれてありがとう……サトシたちの前から、消えるつもりだったもんな」