ドイツ製の武器
「お帰りなさいませ、ご主人様」
古めかしい、威厳のある、ホールの入り口。
どっかの、お城かな?
なんで、ジャングルの中にあるんだろう、猿や、よくわからない鳥の声がうるさい。
深々とアタマを下げている、タキシード姿がぼくを出迎えた。肩に、極彩色の鳥が止まってる。
「ただいま。このランドセル、新しいのに替えといて……暑いな」
顔を上げた、橘さんにランドセルを渡し、めったに着ない、学校指定のポロシャツのエリをパタパタした。
「こちらに、冷えた物が……」
「ありがとう。橘、オマエは、気が利くなあ」
それには答えず、長めの髪を後ろで縛った執事が、よく冷えたハンコを、ぼくの手の甲にペッタリ押し付けた。
デカデカとおされた、『屋根裏行き』の赤い文字が目に眩しい。
「そうそう、これこれ!」
コレジャナイ。
そうわかっていながら、何となく、うれしそうに、はしゃぐ、ぼく。
「それでは、あちらの方へ」
肩に乗ってる鳥と、一緒に差す方には、苔むした石造りの壁に、はめ込まれてる、錆びた扉。
その上に掲げられたネオンの看板には、『三割殺し』の文字。
「三割か……安くなったんだな」
何が値下がりしたのか、わからないのに呟いた。
その扉がパカッと開くと、ぶっとい腕が伸びてきて、ぼくの首を掴んで引き込んだ。
見上げる視界一杯にそびえる、関取のような顔。
同じクラスのアンナだ。
身長は、オリガより低いけど、目方は、倍ある同級生に、ぼくは気軽に聞いた。
「あれ? まだ、その姿……そろそろ、周期じゃ……」
「ワタシタチは、終わった仲……しかし、オマエのヒモ属性は、見過ごせない」
そう言うと、ぼくを半透明のポリ袋に入れ、首のとこで、キュッと縛った。
「入れ」
たるの中に、すっぽりハメられる。
サイズはピッタリ。
アンナの顔がデカすぎて、見えなかったけど、ここは関西空港の、滑走路だった。
周りを、ジャンボジェットが、スピンしたり、逆立ちしたりしてる。
ぼくは、どこに飛ばされるのか、ワクワクした。
「ミンナ、背の順に並べー」
アンナの、やる気のない掛け声にあわせ、フワフワと、傘を差した、ナディア達が降ってきた。
パタパタと、傘を畳むのは、リーファ、ナディア、オリガ……なぜか、大阪大会で、替え玉やってくれたメグ。
アンナも含めて、みんな学校指定の、ジャージだった。
「オマエが、イチバン、ウラミが深かろう……ヤッてヨシ」
アンナの丸まっちい手を、肩に置かれた、メグが、ぼくをギっとニラむ。
え? そうだったっけ?
「ベルさん……月に変わってお仕置きです!」
魔法少女っぽく、傘を振り回す。
可憐なメグは、リーファに痴漢してシメられた、横ピースのデブにとってかわった。
「ギョフフ……はーい、カワイイですネェ…」
ぼくに向かって、ヨダレを垂らす顔を見て、やっと恐怖心が湧いてきた。
「合・体!」
戦隊ヒーローっぽいコスで、傘を構えて突進してくる、巨漢のデヴ。
ナディア達が、ゴーゴー!とか言って拳を突き上げる。
突き出された傘より、タコの様につき出したテラテラの唇の方に、背筋が凍る。
「やめろぉぉ!」
ぼくは、全力で喚く。
たるの下が燃えはじめ、恐怖が加速する。
「今こそ、一つにぃん!」
槍のように伸びて来た、唇を間一髪、首を傾けてかわす。
爆発と共に、ぼくは、たるから打ち上げられた。
ぐんぐん、青空に向かって、上昇していく。
風を切る音もせず、快適な飛行に、ホッとしたのもつかの間。
下を見て、ぼくは悲鳴を上げた。
靴が燃えていたのと……
「ついて来んなぁぁ!」
同じ様に、たるから打ち上げられたデヴが、ニヤニヤしながら、ぼくを追尾してくる。
はるか下には、手を振るナディア達。
薄情だな、オイ!
速く、もっと速く飛ぶんだ!
体がどんどん熱に包まれる。
目の前は大海原。広すぎて、進んでる感覚がない。
「ベルさん」
不吉な夕焼け空一杯に映った、ジャス子がもの憂げに呟く。
「……パンチラをパンツィラって言い換えたら………ドイツ軍の武器っぽくてカッコイイよね?」
「知るかボケェェェ!」
「はっ」
まず、ぼくの視界に入ったのは、天井だった。
見慣れたぼくの部屋じゃない。
……そうだ、リーファん家の、リビングだ。
床に敷いた布団の上に寝てるのか?
頭が、ぼうっとする。
暑い。
いい匂いのする、タオルケットを蹴飛ばし、ぼくは、上体を起こそうとした。
「起きたんか?」
視界の外から、声が掛かる。
さっきの服装のままの、サトシが、歩いて来る所だった。
「ぼく、寝てたのか? いつの間に……」
サトシが、厳しい顔で言った。
「ジブン、熱あるんや。寝とけ」
「あ、うん……」
照明がおさえられた、部屋には、ぼくら二人だけ。
サトシがスマホで、ぼくが起きたことを誰かに伝えてる。
ぼくはもう一度、天井を見上げながら、記憶をたどる。
えーと……
駒口さんと、話してて、ジャス子に殴られ……
『ワタシの、ファースト・キス返してよ!』
「あーっ……」
ぼくは、起き上がって大声をあげたけど、フラついて、布団に手を付く。
「うん、起きとる……大丈夫か?」
サトシが、驚いた様に、スマホをしまいながら言った。
ぼくは、殴られた事を思い出し、一気に頭に血が上った。
「あの、ボケェ……ジャス子は!?」
サトシの顔が険しくなった。
返ってきた言葉は、想像もしてない角度からの攻撃だった。
「別の部屋で、寝とる……ジブンに首絞められて、泡吹いてからずっと」