シースターン文明の
「もう少し……続けられたが。オマエの希望に添いたい」
ローテーブルの上に置かれた、黒のパスポートを見て、泣き腫らした眼を見開くジャス子。
「……何だよ、コレ……アメリカ?」
あ、見覚えのあるトリのマークだと思ったら、ユナイテッド・ステーツって書いてあるじゃん。
え、ソレ、今、何か関係ある?
……でも、ふざけてるって雰囲気はない。
それは、僕でもわかる。
駒口さんは、明るい照明の下で、薄く笑った。
「分かるか。な? オマエは嫌がるけど、勉強しておいてよかったろ? なんせ……」
手を伸ばそうとしない、ジャス子の代わりに、節くれだった手で、パスポートをめくってみせる、駒口さん。
「オマエの母国だからな」
1ページ目には、ワシの絵。
ジャス子の面影がある、小さな女の子の写真。
その横に……「JASMINE」
「……何コレ」
ぼくも、ついて行けない。
ジャス子が、アメリカ人?
……なら。
駒口さん、日本人だよな?
え、コレ、ジャス子のお母さんがアメリカ人?
イラン人じゃなくて?
いや、待て。駒口さんだって、アメリカ人かも知れない、日系の。
でも、サトシとこないだ、ポケカとデュエマの話をしたから分るけど……アイツ、日本で育ったっぽいぞ?
「どういう事だよ、説明しろ!」
「オマエのお父さんは、パパの……」
駒口さんは、フッと笑った。
寂しそうに。
「私の同僚だよ。もうすぐ会える」
ジャス子は立ち上がり、頭を掻きむしりながら喚く。
「何言ってんだ、アタシは、小さい頃から母さんと二人……いや……」
そこに誰もいないかのように、宙を見つめる、ジャス子。記憶をたぐってるのか。
「……金髪の……誰?」
「その人だ。ローズ……オマエの母さんも、私も、オマエの記憶違いにしてたけどな。オマエの父は、オマエが4歳の頃に……アフリカで、行方不明になった」
ぼくは、話のスケールにポカンとしてしまう。
え……ネタじゃなくて?
ハスマイラさんは。普通の顔で聞いている。
どこか……ホッとした顔で。
立ち尽くすジャス子に、話続ける駒口さん。
「彼の所在が分かったのが、去年。私の妻が、手を尽くして見つけ出した。ローズは、オマエの世話があるから動けなかった」
ぼくは、思わず、口走る。
「えっ……もしかして、サトシママと離婚って……」
「その話は後で……オマエの父は、リビアで投獄されていた。政権のイザコザがあって、今まで、身代金も要求されず、去年やっと、所在が分かったんだ」
駒口さんに促され、ジャス子は、魂が抜けた様な顔で、ソファに戻る。
「かなりややこしくてな。交渉に、彼女が出向くことになった。身内が、直接話す方が、人質の救出率が上がるんだ。オマエをおいて、ローズが、慌ただしく、リビアに向かう時、私に言った。『ジャスの父が投獄されてる事は言わないで。記憶にないなら、その方がマシ。私もどうなるか分からない。後をお願い』……それが約束だった」
口を開けたまま、涙を流し始めたジャス子。
駒口さんは、頭の後ろで手を組んで、笑った。
「……ローズは、オマエ並に無茶苦茶だろ? 無茶振りもイイトコだ。私は、妻とサトシ、三人で相談した。出た結論がこれだ」
ハスマイラさんが、静かに口を挟んだ。
「奥さんとは、別居してる事にした。ジャスミンちゃんは、腹違いの娘設定。サトシ君に口裏を合わせる様言った……奥さんも、救出に向かった……そして」
ハスマイラさんが、眼を輝かせた。
「それは、上手く行った。だから、今、話した……で、あってるッスか?」
「……その通り。私達は、先週、香港で再会した。ヤツは痩せてたが、元気だった」
ジャス子が、掠れた声で囁く。
「じゃ……ママ達は」
「無事だ。そして、オマエは……ホントの家に帰れる」
しばらく、呆けたあと。
「なんだよ……ふざけんなよ……」
ジャス子が、くじぐじと、顔を拭って泣き出した。
「ワタシ……バカみたいじゃんよ……マジで悩んでたのに……イラン人設定……なんなんだよ」
「少しでも、オマエの父さんの記憶を遠ざけるためだった……けど、オマエの父さんも、母さんも、イラン系アメリカ人だ。全くのウソじゃない。シースターン文明を擁する、素晴らしい国だ。誇りに思いなさい」
ジャス子は、泣きながら、言い返した。
「そればっかじゃん、アンタ……」