学者はボンボンが多い
「駒口さん、お待たせしました」
ぼくとジャス子は、又、さっきの応接間に通された。
メンバーは、ハスマイラさん、ジャス子のお父さん、ぼく、ジャス子の四人。
空気がさっきより、ずっと重い。
高そうなクーラーから吹き出る涼風も、その雰囲気をごまかす役には立ってない。
サトシには、あらかじめ、別の部屋に行ってもらったみたいだ。
兄と顔を合わさずにすんで、ジャス子はホッとしてる。
だよな。今の顔、サトシに見られたくないもんな。
向かいに、一人だけ座る、サトシのお父さん。
ネクタイを緩め、髪のセットも、頭を掻きむしったみたいに崩れてて。
こう…… 難しいっていうか、困った顔をしている。
なんだよ、散々、サトシ達を困らせてきた、アンタが、そんな顔する?
そんな気持ちが、顔に表れてないことを、祈るぼく。
ぼくの隣には、俯いているジャス子。
ハスマイラさんが、どこまで、どういう風に、話したのかが、気になって仕方ないんだろう。
……そりゃそうだ。
兄が好き。男子として、好き。
そんな事を知られたら、嫌ってる、お父さんに、何を言われるか……
ジャス子の隣に座るハスマイラさんが、話し始めた。
「ジブン……いえ、ワタシは、長話は好きじゃありません。けど、これは、結論からって訳にはいかないです」
ここで、ジャス子を振り返り、
「お父さんに、何を話したか、気になるよね?……駒口さんにとっては、繰り返しになりますが、説明させて下さい」
保護者が、不在がちな状態で、未成年を二人きりで住まわせる危険性。見知らぬ男女を、兄妹として、ひとつ屋根の下に住まわせる危険性……
ひとしきり、説明すると、ハスマイラさんは、眉をハの字にして微笑み、言葉を丸める。
「差し出がましいのは、わかってますが、当事者である、ジャスミンちゃんから……助言を求められましたから」
ハスマイラさん、体育会系の、勇ましいイメージしかなかったけど、ホントに器用だなあ……
いや、感心してるだけだぜ?
変な風にとらないでよ?
まあ、なんで、こんな良く出来た人が、あのマダオを選ぶのか、謎は深まるばかりだけど。
駒口さんが、厳しい眼で、ジャス子を見た。
「ハスマイラさん、私も無駄話は嫌いですので要点だけ……ジャスミン。家を出たいそうだな? 聞きづらい事なんだが、その……」
ジャス子が、ドスの効いた声で叫んだ。
「変な想像したら、殺すぞ!? ……あうっ」
スパンと、頭をはたいて、ぼくはボヤいた。
「お父さんが、イチバン、んな質問したくないっつーの。ミンナに迷惑かけてる、自覚あんのかよ?」
不満そうに呟くジャス子。
「………わかったよ。何もねえよ。ただ、色々難しいんだよ、学年近いと」
駒口さんが、奇跡を目撃した様な顔で言った。
「嘘だ……娘が、サトシ以外の、言う事聞くなんて……」
駒口さんが、突然身を乗り出して、言った。
「き、君、林堂君。サトシから色々聞いてるよ」
「あ、はい。そうなんですか?」
すがるような眼で、ぼくに提案する。
「どうだろう、娘と友達になってもらえないだろうか?」
「え……」
しまった。
思わず、イヤな顔をしてしまった。
でも、ウソはつけないし。
ジャス子の友達……
考えただけで遠い目になる。
三日で病みそうだ。
それは、予測の範囲内みたいに身を乗り出す、疲れたスーツのオジサン。手を握られるかと思った。
「イヤなら、私の友達でもいい!」
「死なすぞ、クソ親父!」
腰を浮かす、ジャス子を抑えて、ハスマイラさんが言った。
「落ち着くッスよ、駒口さん。娘さんを心配なのは……」
駒口さんは、真剣な顔でそれを遮る。
「いや、娘を抑えられる、手駒が欲しいだけです」
なるほど、こういうトコだネ?
「……凛くん、マジ、ゴメン」
「気にすんな、ジャス子」
……うん、ジャス子パパ、少しづつ正体、現してきた……かな?
「……とにかく、話を進めるっス。茨城県で、教職についておられるなら、家族でそちらに住むのが一般的では?」
駒口さんは、顔をしかめて、首を振る。
「茨城県での、授業の頻度が少ないのと、イノダコーヒー京都で、朝刊読まない人生が、考えられなくて……」
真顔になる、ぼくと、ハスマイラさん。
うつむく、ジャス子。拳が震えている。
スゴイ。
ひたすら、自分の都合ばかりだ。
「……あー。その、それで生活、成り立ってるんスか?」
「あ、考古学者の肩書きの為だけですわ。無いと、論文発表できないから。実家、カネ持ってますから、正直働かなくても困りません」
え……
フツー言う?
この年で、実家のスネかじってるって、開けっぴろげに言うもんなの?
ジャス子が、呪文を小さく呟いてる。
「……しねしねしねしね」
……ゴクリ
無意識に、ぼくの喉が鳴った。
コイツは……かなり手強そうだ。