子供にできるのは、逃げる事と、ウソをつく事だけ
結局、ナディアもぼくも、みんなお泊りの準備をする事になった。
それぞれ家族に連絡を取り、ハスマイラさんに途中で代わり、許可をもらう。
信じられないのは、ぼくらの着替えや、その他必要な物は、もう、ハスマイラさんが用意してた事。
でも、これは、京子叔母さんの引き継ぎがしっかりしてた、お陰らしい。
ジャス子達は、泊まるのか、帰るのか、どうなるかわからない。
これからの話し合い次第だ。
「この時間から、小学生を交えての話し合いなんか、ありえないんスけどね……今回は非常事態っスから。ジャスミンちゃん、後から、同席してもらう事になるから、しっかり食べとくッスよ?」
……ハスマイラさん、ホントにしっかりしてるなあ。
傭兵って、ガサツで、乱暴なイメージしかないけど、この人は、まるで、学校の先生みたいだ。
なんで、橘さんとこで働いてんのかな?
むしろ、なんでこんな小学校の、教師みたいな人が、戦場にいたんだろ?
ピザをかじりながら、ぼんやり、ハスマイラさんを見てると、
「ん、なんスか? 今度は年上……」
「いや、なんか、ハスマイラさん、小学校の先生みたいだなあって」
あらぬ誤解を受ける前に、あわてて言ったら、大笑いされた。
「そ、それは、言われた事無いッスねえ」
「うちも、そう思っとった」
「仕事デキルオンナネ。アコガレるよ」
「そ。デキル奴しか、うちにはいないよ?」
ジャス子だけ、何も言わず、疲れきった顔で、ハンバーガーをかじっている。
「じゃ、行って来るッスよ」
ハスマイラさんが、行ってしまうと、ぼくらは何となく、顔を見合わせた。
リーファが、指を舐めながら、提案する。
「順番にシャワーしよっか? 2つあるから……」
「リー、浴びてきんさい。ジャス子は、いつ呼ばれるかわからんじゃろ? もう一つあるなら、オリガ行くか? うちら、もう少し食べちょるけん」
二人が去り、ぼく、ナディア、ジャス子が残った。
ぼくも、Tシャツ、カルピスソーダやら、ピーチティーやら、染み付いてかなり汚いから、シャワーしたいんだけどな……
まあ、いいや、レディファーストだ。
ナディアは、手をウエットティッシュで拭うと、静かに尋ねた。
「……ジャス子、家族に、家を出たいって、前から伝えちょったんか? 具体的に、あてはあるんかの?」
ジャス子は、泣き腫らした目をそらし、小さく答えた。
「一番可能性があるのは、茨城県で、准教授やってる、父親と暮らす事。そしてそれだけは、マジでイヤ。狂ってるから」
「ぼく、ジャス子のお父さんと話したけど、全然フツーだったぞ? どう言う風に……その、変わってんの?」
「スタジオでも、言ったけど、ジャス子達のどちらかを、考古学者にするって決めてる」
「ネタや、思うちょったんじゃが……」
子供を自分の所有物だと勘違いしてる系か。
レスリングにも、沢山いるけどな。
「……実害は、どんなカンジなんだ?」
「毎日勉強。コウタさんが、家庭教師」
ぼくらは唸った。
「それは大変だなあ。でも……狂ってるまでは言い過ぎ……」
「飛び級で、テヘラン大学か、ミラノ大学に行かせてから……」
「ハードル高いのか低いのか、わかんないよ!?」
「地元の文化財協会に就職させるって……ジャス子たち、アイツの持ち物じゃない!」
「必要ないじゃろ、留学!?」
「それで、口癖は……『考古学なんて、趣味でやる分には楽しいけど、仕事にしちゃえば、何でも同じ。家に帰りたくなるだけ』……じゃあ、何でジャス子達に押し付ける? 異次元すぎるの」
「「oh……」」
ぼくと、ナディアは、納得した。
なるほど、あたおかだ。
口には出せないけど。
「それと、気になったんだけど……ジャス子、『どちらかが』って言ったよな? もう片方は?」
「思いついたら言う、で一年たった」
「……王様ゲームかよ」
アレだ、飲み会なんかで、クジ引きで
当たった奴が『王様』、その命令は、絶対聞かなきゃ行けないってヤツだ。
例えば、「2番は前に出て、一時間しゃがみ煽りしてろ」とか、言う無茶振りにも逆らえない、遊び。
ぼくは、さすがに腹が立ってきた。
なに? 笑い取ろうとしてんの?
ツマンネーわ、サトシの方がずっと面白かった。
……ホントにさ。
子供は大人の言いなりになるしかないんだから、考えて、王様やれよ?
おもしろ半分に、子どもの人生をイジるなんて、虐待だ。ハスマイラさんに言わなきゃ。
そう決心したとき、ドアが開いて、ハスマイラさんが、顔を出した。
かなり硬い表情をしてるのが、メッチャ嫌な予感。
「ジャスミンちゃん、来て」
ジャス子が、ぼくのTシャツを握りしめる。
「ベル……凛くんも、一緒に来てもらっていいですか?」
「………ジャスミンちゃんがそれでいいなら。聞かれたくない話に、なるかもしれないッスよ?」
驚くぼくに、ジャス子が、泣きながら言った。
「凛くん……お願い。助けて下さい」
「分かった」
ぼくは、即答してしまった。
ほんとは、無関係のぼくがいていいのか、って思うけど。
泣いてる女子はほっとけないよな?
「連れて行きんさい。うちらん中で、一番頼りになるヤツじゃけ」
ニッコリ笑ったナディアが言った。
「その為に、みんなシャワーに行かせたんじゃ……うちも仕事が、デキルじゃろ?」