ハスマイラは、どこでも有能
喉が壊れるんじゃないか、ってくらいの大声で泣くジャス子。
ぼくも、フローラルの香りがする金髪を、顎の下にはさみながら、天井を見上げる。
鼻がツンと痛い。涙がこらえられない。
ぼくに、口移しでピーチティーを飲ました時に言った言葉。
『これ、ファースト・キスだよ、屋根ゴミさん』
ジャス子の絶望が、今になって伝わってくる。
「その事………誰も気づいてないだろ?」
ジャス子が、ぼくのTシャツに顔を押し付けたまま頷く。
リーファ達も、口もとを覆って涙を流していた。
………コイツ、どれだけ、辛かったろう。
相談する相手もなく。
好きになっちゃいけないヤツを、好きなまま、一緒に暮らすって……
これ、無神経な親が悪いだろ?
悪すぎだろ?
『今日から、オマエラ兄妹』
いや、無理だろ?
「わた、わたし………自分が気持ちワルイヤツって、分かってる………沙菜には、きっとバレてる………にいに……迷惑かけたくない……キモがられたくない………逃げたい」
途切れ途切れ、意味のつながらない、言葉に、リーファ達が、寄り添う。
ぼくは、みんなに任せて、身を引いた。
ぼくは、力を込めて言った。
「気持ち悪くなんかない。悪いのは、大人だよ。例えば、オリガとぼく、会ったばかりで、兄妹になれって言われても無理だもん」
例えが、アレだから、クレーム出るかなって思ったけど、さすがに誰も何も言わない。
ジャス子は、おずおずと顔を上げて、みんなを見る。
リーファが、肩を揺すって励ます。
「無理ないよ。サトシくん、いいやつじゃん」
「そうじゃ、中々あんな奴おらん」
「ヤサシイモンね」
「俺もそう思う………だから、ハスマイラさんに頼んで、お父さんと話してもらおう? サトシには内緒で」
ジャス子は、顔をあげて、叫んだ。
「イヤ! 絶対にイヤ!」
そう言うのは、分かってた。
「ジャス子、我慢の限界なんだろ? 家を出たいって言うなら、サトシに理由を、話さなくちゃならなくなる。それは避けたいから、ハスマイラさんに上手く言ってもらおう」
ジャス子が、喉の奥で、苦しそうな声を漏らす。
サトシは、自分のお父さんを、あたおかって言ってた。
ぼくには、全然そうは見えないけど、会ったばかりのぼくには分からないだけなんだろう。
でも、もう、ここからは、大人に頼るしかない。ぼくたち子供には、いつでも、なんの選択権もないんだ。
サトシと、ジャス子の父さんが、本物のあたおかじゃ無いことを祈るしかない。
ぼくは、励ますように言った。
「好きでもないぼくと、あんな事出来たんだ。何でもできるって」
リーファも、元気付けるように言った。
「ジャス、ハスマイラは、頼りになるよ? 口から産まれた様なヤツだし、上手く言ってくれるって」
その時、ドアの外から声がした。
「だあれが、口から産まれた様な奴ッスか?」
驚く間もなく、ドアが開き、ハスマイラさんが立っていた。
山盛りのハンバーガーや、ポテト、ピザの載ったお盆を持ってる。冷凍をチンするヤツだ。
飲み物は、コーラと、ウーロン茶のペットボトル。
わかってるよなあ、この人。
「お腹空いたっしょ? まずは腹ごしらえ………駒口くんたちも、応接室で食べてるッス」
オリガたちが、歓声をあげた。
みんな、ハラペコだったんだな。
「この時間に、罪悪感のカタマリを食べるなんて……最高じゃ」
うきうきと、呟くナディア。
お盆を、リーファに手渡ししながら、不安そうなジャス子に笑いかける、有能ボディガードさん。
「あんまり、スゴイ泣き声だったから、さすがに様子見に来たッス………大体把握しました」
ハスマイラさんは、目を細めて微笑み、座り込んでる、ジャス子の頬を撫でた。
その言葉は、ぼくたち子供がどれだけ頑張っても、出せない安心感、そして、この人特有の突き抜けた透明感があった。
「辛かったね………よく頑張った。偉いッスよ」
顔を歪めて泣き出したジャス子に、ハスマイラさんは、片目をつむってみせた。
「後はお任せあれ。伊達に、法学部専攻じゃ無いッスよ?」