恋が出来ない理由
思っても見なかった、申し出に、ぼくとサトシ達は、え、と言ったきり、言葉を失くしてしまった。
ハスマイラさんが、申し訳無さそうに笑う。
「その……ジャスミンちゃん、連れて帰るにしても、説得するのに、時間がかかりそうでしょ? その後、子供達を送り届けるってなると、22時を回ってしまうと思うんです。あまり、遅くなると、子供達のご家庭も、明日、お仕事でしょうし……」
「あ……いや……」
うろたえていた、サトシのお父さんが、あわてて立ち上がる。
「申し訳ありません、こちらの考えが足りませんでした。娘は、すぐに連れて帰ります………サトシ!」
「分かった。凛、さっき、橘さん達が顔出してた部屋におるんか、アイツ?」
険しい顔で、立ち上がるサトシにぼくは……
「待ってくれ、先にぼくが話してくる」
反射的に言ってしまった。
言ってから後悔した。
『二度と連絡してくんじゃねえぞ』
って言ったばっかりなんだよなあ……
「いや、ええて。部屋行きにくいやろ?」
アイツ投げ飛ばしたし、とは、言わなかったけど、まあ、そうだよな。
なんか……
もう、腹が立ってたのも、昔の事に感じる。
いや、ナニコイツ、って思うかも知れないけどさ。
サトシ達、身内なのに『アイツが悪いに決まってる』って決めつけるんだぜ?
まあ、そうなんだけど……
味方がゼロってのは……ねえ?
あー、でも、リーファ達に会いたくないなあ……
でも、良く考えなくても、全国大会10月なんだから、そろそろ練習始めなきゃならんし、二度と連絡してくんなってのも………
なんだよ、ぼくからかけるのはヤダぞ。
ぼくが、喉の奥で唸ってると、サトシが、スマホを取り出して言った。
「ジャスから、『動画見ないで消して』ってlineしつこく来るけど……何なん?」
ハスマイラさんが、優しく笑ってトドメを刺してくれた。
「こー言うのは、即断・即決ッスよ?」
「………行って来る。待ってて」
ぼくが、ふてくされた顔で、リビングのドアを開けると、ジャス子を囲んで、座り込んでた、女子全員がぼくを見た。
ボロボロ泣きながら、スマホを触ってたジャス子が、ぎっ、とぼくをニラんだ。
「何しに来たんだよ、この野郎!」
ぼくに持ってたスマホを投げつけようとしたジャス子を、リーファが、止める。
「ヤメな! ジャス子、アイツ、怒らせたらダメな奴ってまだわかんないの!?」
オリガも、叱りつける。
「ジャスミン、リンを、利用シスギ! リーファのタメなら、ナニシテモイイ、ハ、マチガッテル」
ナディアが、静かに言った。
「ジャスミン。リーファの為に、ようやってくれたけんど……正直、これ以上の騒ぎは迷惑じゃ」
ジャス子は、リーファに両手首を掴まれたまま、喚く。
「何だよ、またかよ! 頑張ったのに……また……ボッチじゃん」
ぼくは、冷たくならない様に、気をつけて言った。
「そりゃ、オマエが悪い。オマエ、サトシに動画送ったって怒ってるけど、俺に同じ事してんじゃねぇか」
暴れるのをやめたジャス子。
涙と、鼻水で、ぐしゃくしゃになった顔で、ポカンと、ぼくを見る。
ぼくは、ここぞと畳み掛けた。
「自分はいいのかよ? 自分だけは何しても許してもらえると思ってんのか? そんなだから、娘さんを投げ飛ばしましたって言ったら、サトシ達が、『理由は聞かなくても、アイツが悪いに決まってる』って言うんだよ」
ジャス子が、スマホを落とした。
リーファが、腕を放すと、顔を覆って泣き出す。
ぼくはため息をついた。
………疲れた。
ぼくは、廊下を振り返り、誰もついてきてないのを確認してから、ドアを閉めた。
木製の一枚板にもたれ、ズルズルと座り込む。
何で、僕、こんなトラブルばかりなのかな。
お腹空いたんですけど。
帰りたいんですけど。
………でも。
このままだと、ジャス子、帰るとこも、仲間も無くす。
めんどくさいなあ。
リーファ達が、不安そうに見つめる中、ぼくは言った。
「ぼくの気持ちがわかったか? 今のオマエと何も変わらない気持ちだよ。ジン達と遊んでるとこ、ジャマされて、連行されて、ロクでも無い動画撮られて、ばら撒かれて、腹も背中も手形だらけで………オマエどころじゃ無いんだぞ?」
顔を覆ったまま、ジャス子が、か細い声で言った。
「………悪かったよ」
ぼくは一つ頷いて言った。
「分かればいい。サトシに動画は送ってない。消しただけだ」
ガバっと顔を上げる女子たち。
「オマエラも消せ」
あわてて、スマホを取り出す女子たち。
皆が、スマホを操作する中、また、顔を覆って泣き出す、ジャス子にぼくは言った。
「………サトシ達が迎えに来てる。今から聞くことに答えてくれたら、ぼくたち、オマエの力になれるかも知れない」
……ジャス子の、動画に関する反応で、ぼくは、ある推理をした。
正しいかどうかは……
今から分かるだろう。
ホントは。
わかりたくない。
ジャス子が、顔を上げ、信じられないものを見る目で、ぼくを見た。
「オマエ、好きでもないのに、何で、僕相手に、あんな事出来たの?」
ジャス子は、即答した。
「………ジャス子に恋は無理。そういうのあきらめてるから。将来は、体を売って生きてく。今からでもいい」
「ちょっと!?」
リーファが、怒声を上げるのにも構わず、ジャス子は、きっぱり言った。
「あの家から、早く出たい」
ぼくは、胸が痛むのを隠してうなずいた。
「ジャス子……オマエ……虐待されちょるんか?」
ナディアが、恐る恐る、尋ねる。
「ソレならハナシは別ネ。ワタシノトコにキナヨ。イツマデ、イテモイイ」
うつむく、ジャス子。また、顔を覆う。
細い線。
こんなに弱々しいヤツだったんだな。
投げ飛ばしたりすんなよ、俺。
「………違うんだろ? お父さん、関係ないんだよな?」
けげんな顔でぼくを見る、リーファ達。
ジャス子の呼吸が、荒くなり、しゃくり上げるスピードが、速くなった。
ぼくは、打ちのめされていたけど。
ふらりと立ち上がった。
頭は回ってない。フラフラと、ジャス子に歩み寄る。
三人は、呆然とぼくを見てる。
ぼくが、ジャス子に対して、敵意がないのは、わかってるはず。
「………サトシの家に来て………いや、初めて、サトシと会って………何年?」
ぼくは、泣きじゃくる金髪に、かすれた声で問いかける。
返事は無い。ただ、聞いた事も無いような、悲痛な声で泣き続けるジャス子に、皆が顔色を変えた。
何かに気づいた、ナディアが、口もとを押さえる。
ジャス子が、聞き取りにくい声で言った。
「一年………」
ぼくの視界も涙で歪む。
ジャス子の前に、膝を付き、ぼくは……
両肩に手を置いた。
ジャス子が、泣きながら告白した。
それは、血の出るような叫び。
「にいにを……サトシを、好きになって一年………です」
ぼくは、ジャス子を抱き締め、震える声で言った。
「……辛かったな」
ぼくの絞り出す言葉を、ジャス子の泣き声が、かき消した。