第四章 パルテナと定規、ゲムヲとゼリー(5)
《登場人物》
林堂 凜
主人公。 小6、男。 任天堂Switch 大乱闘スマッシュブラザーズが学校一うまい。
香咲 ナディア=マフディー
小6、女。パキスタンと日本人のハーフ。主人公と同じ学校。
梁 梨花
小6、女。台湾人と日本人のハーフ。主人公の幼馴染で、相棒。小学校は別。
ジン
クラスメイト。男。クラスのリーダーで、優しい
佐竹
クラスメイト。女。クラスのボス。
鈴香
ナディアの姉。高校生。
「入りんちゃい」
僕は扉を開けて、喚いた。
「なんで、着替えに20分もかかるんだよ!」
ベッドに腰掛け、赤い顔で睨んでたナディアがそっぽをむく。
「うちは、乙女じゃけ、準備が色々あるの!」
「……どっか出かけるのか?」
髪を梳かし、昨日のとよく似た制服っぽい私服を着てる。ただ、色は薄いグリーンだ。
「うちはちゃんとしとるきに、家でもこんな服じゃ!」
ぼくが、脱ぎ捨てられてるスウェットの上下をガン見してると、
「み、見んな、スケベ!」
慌ててスウェットを集めると、布団の中に押し込んだ。
お互い無言。
「そこに座りんちゃい」
指された、部屋の真ん中に腰とカバンを下ろした。
「熱は?」
「……下がった」
「ナディア、レスリングどれくらいやってたんだ?」
「一年生から。女子中学の練習にまぜてもらっちょった」
ナディアは俯くと続けた。
「言いとなかったんじゃ。みんなにビビられるのいやじゃけん」
「あー、わかる。いい事何にもないもんな。僕もジンくらいにしか言ってない」
「久しゅうやっとらんのに、いきなり動いたから、アチコチガタガタじゃ。風邪もそのせいじゃろ」
そうだ、病人なんだ。
「そうだ、よかったら、これ」
僕は、小さな保冷バッグから、3色パックで連なってる、ゼリーを取り出した。
瞬きもせず、それを見て、「ありがとう、お腹すいちょったけ」
受け取って、蓋を開け紙製のスプーンを手に取った。恐る恐るといった感じで口に入れた。
「おいしい」
そう言って口をもごもごさせた。
「そりゃ良かった」
僕はほっとした。
「お母さんが、風邪の時必ず買って来てくれるんだ。ゼリー嫌いなやついないもんな」
ナディアはうなずいて、口をもごもごさせてる。
あらぬ方向を見て、もごもごしている。
「どうした?」
冷や汗が浮いてる。
「……ナディア?」
前を見つめたまま、ごっくんと、飲み込んだ。
サーッと顔の血の気が引いていき。
「ぶぼっ」
「おわっ!?」
盛大にキラキラとしたものを吐き出した。
ナディアは、口もとを押さえ、ドアに向かって駆け出した。
片足を引きずるような、どこか怪我してるのがわかる走り方で2、3歩進むと盛大に転んだ。
手の間から、ゼリーとは、違うものを吹き出す。
「おい、ナディア!?」
全然体調よくなってないのか!?
ナディアは、立ち上がり、逃げるように足をひきずって走る。
点々と、新しい板敷きの、廊下に口から溢れた物が落ちる。
トイレらしきドアを開けると、うずくまり、えづく声が聞こえた。
追いついた僕は、「大丈夫か?」とジャケットの背中をさすった。
洋式便器を抱える様にして吐き、その合間に僕に言った。
「……すまん、せっかくの御見舞」
「……あっ!?おまえ、ゼリー苦手なのか?」
「……すまんの」
「ばっ……!早く言えよ!」
「すまん……のう」
「あやまんな!悪いのは僕なんだから」
僕は、唇をかんだ。なんてこった、また、やらかした!
ナディアは、ゲエゲエ胃の中にあった物を吐き出し、肩で息をしている。何度もトイレを流しながら。
「……うっ、うっ」
「ナディア、しんどいのか?」
閉めた蓋の上に伏せて、ナディアは泣き始めた。
「もういやじゃ!」
顔をこっちに見せずに声を振り絞って叫んだ。
「うち、嫌なとこしか、汚いとこしか、林堂にみせちょらん!もうちょいマシなのに!こんな嫌なヤツやないのに!」
思わず手を止めた僕に構わず声を震わせる。
「なんでじゃ!なんで、うち、あの女みたいにでけんの!?色白うて、背え高くて、かわいいて……レスリングも、真面目にやっとらんくせにウチより強い!」
「……ナディア」
「色黒うて、チビで、ウチ……勝てるとこないやん。一つくらい……残しといてよ」
悲痛な声で泣き続けるナディア。僕は何て言っていいか分からなかった。
昨日のリーファとの通話を思い出す。
全く今のナディアと同じだった。
両方ともが自分は負けたと思ってるのを、笑う気にはなれなかった。
……みんな、怖いんだな。人と比べて。
僕も。
……けど。
「ナディア」
僕は振り向く前に、抱き寄せた。
「……へ!?」
猫のようにまんまるな目で僕をみつめた。
「……よいしょっ!」
「へっ!?」
脇と膝の裏に腕を差し込んで、掛け声と一緒に立ち上がる。
良かった、リーファよか軽い。リーファに言ったらマジで殴られるけど。
レスリングの補強が役に立った、数少ない瞬間だ。
縮こまって寄り目になって僕を見つめるナディアに宣言する。
「後は僕が全部やる。病人でケガ人は寝てろ」
「……えっ、あっ」
手が塞がっていたので、僕はナディアのおでこに頬を当てて、熱を見る。
いっそう目を見開くナディアに顔をしかめて言った。
「熱、やっぱあるじゃん……先にうがいな」
さっそうと、ってわけには行かないけど、お姫様抱っこのまま、縮こまったナディアを抱え、廊下の奥の洗面所に向かう。
そっと床におろしても、真っ赤な顔して、丸まったままだ。
ぼくを上目遣いで、瞬きもせず見つめている。
なんか、飲み会でつぶれた小さなOLみたいで、ちょっとだけ、ドキっとした。
襟から胸元にかけて汚れてるから、服を着替えさせなきゃ。
えーっと、こう、ホメればいいのかなって……ああ、いいや、いったれ!
「着替え持ってくる。その服……また、元気なときに見せろっていうか……ああ、もう!絶対歩くなよ!マジで怒るぞ!」
言い捨てて、僕はナディアの部屋にスウェットを取りに行った。
うまくいえなくて、僕は舌をヒラヒラさせた。