オマエラ全員、めんどくさい
ぼくは、次に何を言うか、忘れてしまった。
ジャス子が、ここまで怒るところを見たことがない。
ぼくを親の仇を見るような眼でにらむ。
「そう言うかもなって思った。やれよ」
玄関のあたりで、ハスマイラさんが、誰かと話してる声が聞こえる程の静けさ。
ジャス子が、本当に怒ってるのが伝わってくる。
……けど、残念だったな?
俺も怒ってるんだよ。
ナメた口きかれ、色々振り回されすぎて、我慢の限界だ。
もう、20時を回ってる。
楽しみにしてた配信を見れなかったのも、怒りにターボを、かけていた。
スマホをあっさり構えたぼくは、冷たい声で言った。
「じゃ、遠慮なく」
転送の準備をしているぼくを見て、リーファが顔色を変える。
「凛、ちょっと……」
「やるよ。コイツ、ナメ過ぎだろ」
多分、ぼくの表情は消えていたと思う。
初めて見るぼくの表情に、ナディアとオリガの顔つきが変わった。
ぼくは、細めた眼で、疫病神を見返す。
ジャス子の眼に、少しだけ、走る動揺。
「いつまでも、笑ってると思うなよ、5年坊……送った」
次の瞬間、飛んできた、右のハイキックを、右手で雑に掴むと、そのまま、引っ張る。
細い足首は放さず、スマホを放り、左手で金髪を掴むと、そのまま、ローテーブルの方にぶん投げた。
リーファ達の悲鳴が上がる中、ぼくは、ローテーブルギリギリまで投げ出された、ジャス子に吐き捨てる。
「そもそも、こっちの都合も聞かないで、俺を巻き込んだ、オマエが一番悪いわ。オマエが来たから、こんな事になったんだろうが」
ジャス子は動かない。肩が震えて、しゃくり上げていた。
知るか。
スマホを拾い、振り返る。
「どけ」
ぼくの顔を見た、三人が、青い顔で、ゆっくりと、道をあけた。
「めんどくせえ……オマエラ二度と連絡してくんじゃねえぞ」
返事を待たず、ぼくは、玄関に向かう。
誰の声も追ってこない。
まさか、ぼくがボッチになるとはね。
世の中、何がどう転ぶかわかんないよな。
全然構わない。
家に帰ることしか頭に無かった。
女子、全員死ねばいいと思ってる。
ハスマイラさんが、玄関で、スマホをいじっていた。
さっきの悲鳴を聞いても、普通にしていた、スーツのお姉さんは、ぼくの顔を見て、眉をひそめる。
「林堂君、どうしたッス?」
「帰ります。二度と来ません」
「……了解ッス。送りますよ?」
少し、拍子抜けしたけど、母さんと同じで、子どもの世界に口出しするつもりは無いんだろう。
ぼくは、ハスマイラさんの前を通り過ぎ、靴を履きながら答えた。
「いい、電車で帰ります」
「わかりました。ただ……」
ドアノブに手をかけようとした時、ドアが開いて、空振りした。
そこに立っていたのは、今しがた、ぶん投げた、ジャス子の兄貴と、知らないスーツのオジサン。
「凛」
「サトシ……」
ぼくらは、至近距離で、呆然と見つめ合う。
廊下の奥に目を向け、もう一度、サトシは不安そうに、ぼくを見下ろした。
「……何かあったんか?」
ハスマイラさんが、言った。
「女子たちはもういいけど、駒口君親子と話してもらえないッスか?」
この家、沢山部屋があるけど、革張りのソファとローテーブル、応接間っぽいこの部屋に通されたのは初めてだ。
調度品も高級っぽくて、仕事で使う部屋なのかな。
お客さんが来るのを見越してか、空調は、予めつけてたみたい。ハスマイラさん、優秀だ。
どうでもいい。さっさと帰りたい。
サトシはともかく、知らない人の前で、ふてくされてる訳にも行かず、ぼくは、姿勢を正した。
向かいのソファには、サトシ親子。
ぼくの隣には、ハスマイラさん。
いまは、この家の責任者だから、さすがに、干渉しないとか言ってられないもんな。
ぼくの怒りは大分おさまったけど、うんざり感は変わらない。
お互い、自己紹介をした後、ぼくは言った。
「スミマセン、俺、娘さんを投げ飛ばしました」
えっという顔の、二人。
サトシは、襟のあるシャツと、スラックスを履いてて、中学生くらいに見えた。
スーツのお父さんは、メガネを掛けた、知的な顔だけど、サトシによく似てる。
「そうなんか……ケガは?」
「無いと思います、確認してないけど」
「ちゃうて、凛の方や」
「え? いや、大丈夫」
「済まないね、迷惑をかけた上……乱暴な娘で」
「……いきさつとか、聞かないんですか?」
「「アイツが、悪いに決まってる」」
ハモられ、ぼくは、「……えっと」
としか言えなかった。
サトシは疲れ切ってるように見える。
手土産に持ってきてくれた、京都の銘菓と、お茶が湯気をたててるけど、誰も手を付けてない。
お腹すいたし、喉も乾いたけど、気分じゃない。
重苦しい空気。
もう、21時だ。
ハスマイラさんが、口を開いた。
「京都から、車で来られたんですか?」
駒口さんは、恥ずかしそうに言った。
「はい、電車の方が早いんですが……娘に逃亡されそうなんで」
ハスマイラさんは、一つ頷いて言った。
「どうでしょう、皆さん、今日は、こちらに泊まって行かれたら? 部屋は沢山ありますので」