その時は許せても、後からハラ立つ事なんか、いくらでもある
「ソレ……もう、虐待ッスわ」
リーファの悲痛な泣き声が響く中、しわがれた声で、ハスマイラさんがつぶやき、あとの三人は、白目で、氷の彫像になってる。
ぼくも言葉が続かない。
防音のしっかりした……
しっかりしすぎた、リビングルーム。
気を散らしてくれる音は何も無く、ただ、リーファのしゃくりあげる声だけが、ぼくらの胸を抉った。
「………そうだよ」
リーファが、ガバッと顔を上げ、喚いた。
「あー、そうだよ、うちのパパはあんなだよ! 悪い、ねえ悪い!?」
完全に逆ギレした、リーファに、ジャス子が、顔を歪める。
「ねえね……さすがに、イイネ! は押せないの……」
リーファは、ぼくに噛み付く。
「なんだよ、凛! せっかく忘れようとしてたのに……笑い者にして、楽しい!?」
「いや、ちがうって!ぼくは、オマエがどんなに……」
今度は、おびえた顔をした、ナディアに、食って掛かる。
「なんだよ、ナー! アンタんトコの親だってイタイじゃん! 憐れんだ眼で見んなよ、何様さ!?」
「そ、そうじゃな、スマン」
「自分が辛いからって、八つ当たりしていいもんじゃないッスよ! 取り消しなさい!」
「なんだよ、ハスマイラまで! ちゃんと、見とけよ、あのマダオ!」
「相棒、もうよせって!」
ミスった!
ぼくは、自分が話した内容を後悔した。
リーファ、あんなに気にしてたんだ、あの事!
っていうか、橘さんが、イタイ事。
そりゃそうか、コイツ、プライド高いもんな、忘れてたけど!
こんなに、スジが通らないキレ方してる、リーファは初めてだ。
お腹と頭が重くなり、イヤな汗が出てくる。
結局ぼくは、友達の前で、相棒に恥をかかせちゃっただけなんだ。
どうしよう、どうすりゃいい!?
何を考えてるのか、床を見つめ、瞬きもしない、ジャス子。
相棒は、顔を真っ赤にして、クッションを、オリガに投げつけた。
「オリガ、テメー、パパがいないの感謝してる? ふざけ……」
小気味よい音がして、リーファがローテーブルにぶつかり、グラスが一つ倒れる。
ハスマイラさんがビンタした姿勢のまま、厳しく言った。
「ブザマ晒すのも、いい加減にするッスよ?」
リーファは、毛足の長いじゅうたんから、立ち上がると、泣きながら部屋を飛び出した。
後に残ったのは、呆然とする、ぼくたち。
遠くで、ドアの閉まる音がした。
ハスマイラさんが、申し訳無さそうに言う。
「みんな、ゴメンね。落ち着いたら、必ず謝らせます。どうか、許してあげてください」
……そうだ、下手したら、アイツ、不登校になっちまう。
ナディアが、今日の事、なんとも思わなくても、リーファの方から、学校で、グループから離れたら、オワリだ。
ぼくは、事の重大さに、青くなった。
調子にのりすぎたのか、俺?
「……いや、うちは、ええけんど」
「ワタシも、ヨクナカッタカラ。リーファに、ゴメンッテ伝えテ、ハスマイラサン」
ヨカッタ、二人とも、本心から、言ってるみたいだ。
「すみません、ぼくが一番、無神経でした。アイツと話してみます」
ハスマイラさんは、優しく笑ってくれた。
「じゃ、お願いするっス。先に、みんな送って行くッス」
ジャス子が、青い顔で言った。
「アタシも、ベルさんと、一緒にいる。ねえねが心配だから」
「じゃ、後で一緒に送ります。ナディアちゃん達、行こっか?」
「グラス、片付けときます。行ってください」
「じゃ、お願いするっス」
三人が、部屋から出ていくのを見送った。
寒いくらい、の空調が聞いた部屋に、ポツンと、ぼく、ジャス子が取り残された。
ぼくは、呆然としたまま弱音を吐いた。
「……どうしよう」
ジャス子が、キツイ口調で言った。
「全部台無し。ナディアさんたちが、USJの事で怒ってる事、ねえねに、最後まで気づかせないようにしたのに……」
「え、なんで?」
「ナディアさん達の前で、はじめて気付いた方が、信じてくれるでしょ? 言い訳用意してたら、うたがわれるじゃん」
「……そうか。そうだよな。あ! じゃ、パパが、USJの話したとき、ジャス子、『ヤバ』って呟いたのは、橘さんの想像が、当たってたからじゃなくて……」
「ナディアさん達に、バレたって意味」
ぼくは、感心した。
……コイツ、ホントに、考えてるよなあ。
ぼくなんかより、よっぽどしっかりしてる。
「どうすんの? 早くなんとかしないと、ねえね、ボッチになるかも知んないんだよ? ねえねパパと、ベルさんのせいで」
ぐっさりと、刺さる言葉の刃。
「わ、わかっとるわ! いまから、リーファと話して、lineで謝らせて……」
ジャス子が、顔をしかめた。
「文章も、通話もダメだと思うよ。重すぎるもん……どんな、毒親でも……人の親の悪口だけは言っちゃダメ。その時は許せても、後から腹立つ事って、いくらでもある」
ジャス子、ぼくと同じ考えで……
がっかりした。
やっぱそうだよな?
親の悪口言っていいのは、その子供だけだよな。
ぼくは、恥ずかしくなった。
ぼく、言いまくりじゃん。
って、言っても、明日みんなを集めて、ってのも不自然だし……
「あー、みんなを帰らすんじゃ無かった!」
「何の案も無いなら、先ず、床掃除しよ。それから、ねえねの部屋に」
「そ、そうだな」
年下に指示されて、更にかっこ悪いぼく。
床にこぼれた、ピーチティーの量は大したこと無い。ただ、氷が溶け始めてるから、サッサと片そう。
ぼくは、膝をついて、グラスを、ローテーブルに戻した。
ぼくの背中に、影が差す。
ぼくは、振り向かずに言った。
「ジャス子、悪いけど、布巾……」
「アレクサ。照明、オフ」
は?
AIの、『はい』の返事と同時に、部屋の照明が消える。
ぼくは、振り向いて、叱ろうとした。
「おい……」
胸元に軽い衝撃。
ぼくを、仰向けに蹴り倒し、お腹の上に、ふわりとスカートが広がった。
ジャス子の柔らかいお尻の感触と、全体重で、ぼくは動けない。
見上げる視界に、赤いランプの付いた、スマホを掲げ、コップを置いた、ジャス子が大写しになる。
抵抗する間もなく……
柔らかい唇が、ぼくの口を塞いだ。