旅に出るデヴ
「皆さん、お騒がせしました。あのデヴは、旅に出ますので、二度と現れません」
唖然とする、みんなの前で ――ぼくらを除く――ハスマイラさんは、担任の先生みたいな口調で言った。
その時、階段の方から悲鳴と、何かが転がり落ちる音が、ドア越しに響く。
……橘さんが、さっきの男を連行して行ったんだけど。
……深くは、考えない事にした。
怯えるスタッフや、キッズモデル。
こんな時も無表情な、ジャス子は、大物じゃなかろうか。
その音が止むと、ハスマイラさんは、何事も無かったかのように続けた。
「ジャーマネさん、これ、鏡と機材の補修費ッス。ここのオーナーに、渡しといて下さい。あのデヴからって言えば、何も言わずに受け取るっしょ」
封筒と、ハスマイラさんを見比べていたマネージャーさんは、緊張した顔で言った。
「……これ、やたら、分厚いけど、全部千円札か、何かですか?」
「それ、面白い。けど、諭吉100人ッスよ」
「えええっ!? も、貰えませんよ!」
ハスマイラさんはケラケラ笑う。
「いや、ジャーマネさんに、あげる訳じゃないですやん。けど、口止め料入ってるから、ここにいるみんなに、Uber Eatsでも頼んで、残ったお金渡しといて下さい。あのデヴに請求するんで、遠慮は要らないッスよ」
「……いや、それは」
ぼくら以外は、みんな、不安そうにしている。
こんな時にガツガツ食えるのは、トラブル慣れしたぼくらと、無神経なジャス子くらいだろう。
「まあ、お任せするッス。あ……スタッフさん、割れた鏡、掃除させてスミマセン。子供達は、危ないから破片に触っちゃダメ。撮影は……」
「いや、メグはまだですが、今日はやめておきます。いい顔出来そうにありませんし」
「そうッスか……ごめんね、メグちゃん。怖がらせちゃったね?」
覗き込む、ハスマイラさんを見上げながら、メグはオドオドと聞いた。
「……あの」
「あの、デヴの事なら大丈夫。お金払わせて、弁護士事務所で、一筆書かせて、放り出すッスから。心配しないで、ガンガン成り上がるッスよ?」
「……はい」
「よしっと……リーファちゃん、どうするッスか?」
「帰る。触られたとこ、気持ちわるいから、シャワー浴びたい」
僕はそばにある、ノートパソコンの時計を見た。
17時前。
あーあ。ジンたちと遊びたかったなあ。
スーパーで、ジュース買って、古市でデュエマしたかったなあ。
「了解っス。ナディアちゃんも、送って……」
「いえ、いいです。一人で帰りますけ……」
「そこで、ジャス子ちゃんからの提案でーす」
さえぎるように、ジャス子が、声を張り上げ、ついでに歌い始めた。
「〽そらーと、君との間にはー」
相変わらず歌、うまいな?
ナディアも、ポカンとして見ている。
「……なんで、中島みゆきなのさ?」
「ねえね、よくぞ、聞いてくれました。これは『家なき子』ってドラマの主題歌。ジャス子も、家がないのです」
「……は? ナニソレ」
「実は、家出して来ました。ねえねのところに、泊めて欲しいのです。ベルさんも付けますよ?」
「アホか、帰るわ」
ぼくがツッコむと、
「ベルさんには、付いてきてもらわないと、にいにから連絡あるに決まってるし。下手したら、連れ戻しに来るし」
サトシには、『いまジャス子と合流。リーファには、会った時にジャス子が話すだろ。多分、泊めてくれるんじゃね?』
って来るときに、lineしてある。
「……ここで、話す内容じゃないッスね? 外に出るッスよ」
スタッフに、挨拶をしてから、ゾロゾロと、廊下に出たぼくら。
赤くなり始めた日差しと、セミの声、車の音が
開け放してある窓から入ってくる。
帰り支度をしてる、メグはまだ。
車に乗せてもらわなきゃだし、みんなで待つ。
「家出とは、穏やかじゃないッスね? 簡単に許可する訳には、いかないッスよ?」
「ハスマイラ、それは、私が決め……」
「んな訳無いでしょーが。そもそも、相手にも、親御さんがいるッスよ?」
「ねえね、このままだと、にいにか、ジャス子のどちらかが……考古学者にされてしまうの」
「……好きなだけ、うちに居ていいッスよ」
「えっ、なんで?」
当のジャス子が、驚いて聞き返した。
「まあ、好きなだけは、ウソだけど、内容はマジみたいだし、とりあえず、話は聞いてあげるべきかなって思ったッス。ボスは仕事で、帰らないし」
話の分かる人だな、このお姉さん。
……けど、橘さんのお嫁さん候補としては、若くないか? 美人だし。
リーファいわく、この人の方が、あのマダオにベタ惚れだとか。
趣味悪くね?
「……泊まるトコ、ナントカナリソーなら、ワタシカエルヨ」
オリガが、不機嫌そうに言った。
「ナディ、メグ達に送っテモラオ?」
「頼めるかのう」
………なんだ、コイツラ。
妙によそよそしいよな、さっきから。
リーファも、ちょっと眉をひそめている。
「そこで、皆さん、ジャス子から、お願いがあります……みんなでねえねのおうちに来てもらえませんか? ジャス子の話を、聞いてもらいたいんです」
返事に困っている、ナディア達。
ジャス子は……ホンモノの笑顔を見せて言った。
「一緒に行きましょ? 二人もねえねに、聞きたいことがあるでしょ?」