カルピス・ソーダ
「はい、イイヨ、イイヨー。どんどん動いてー」
空調の効いたスタジオに、パシャッ、パシャッてシャッター音が、響くたびに、オリガの首の角度が、変わっていく。
それに連れ、ポーズも、自然に変化する。
カンペキな笑顔。
まるで、機械仕掛けの人形みたいだ。
冬用のジャケットを着たオリガ。
メイクをキメた、その別人ぶりに、僕だけじゃなく、横のナディアと、リーファもポカンとしていた。
大人しく、椅子に座っている、ぼくら三人の横で、メグが、エラソーに腰に手を当てたまま、言った。
「んふふー。どうです、スタジオの感想は?」
「いや……壁白くて、筆だらけだなって」
メグは、呆れてから吹き出した。
「じゃなくって……ベルさん、ホントこういうの興味ないんですね」
「……ある訳ないじゃん。古市行きたかったなあ」
『カノジョノ、カッコイイトコミテミテ!』
ってオリガに、無理やり連行されたんだ。
「フルイチって何ですか?」
ナディアとリーファが同時に言った。
「女子が一生行かんところじゃ」
「メグ、行ったら汚れるよ」
「え、え!? エロいとこなんですか?」
なんでやねん。
僕はツッコむ気にもなれなかった。
オリガに、ナディアに、リーファに、メグに、ジャス子。
オマケに、ユンファさんと交代で来たっていう、例の女性。橘さんのお嫁さん候補。
ぼくは、メグ達の車で来たから、遠目で見ただけだ。
それについて、相棒に聞きたいけど、ぼく、ユンファさんに、お別れも言ってないよな。世話になったんだけど。
男子は、ぼく、ひとり。
女子ばっか。
あ、マネージャーの田中さんは男だけど、別室でお話中だ。
ついでに言えば、バッチリ、メイクをキメた、低学年くらいの男女もいて、ぼくの方をチラチラ見ている。
ナディアと、リーファも、モデルの一人にしか見えないくらい、スキのないカッコだし、今、自販機さがして消えてるジャス子も、素材だけはいいからアレだけど……
ボールを、ぶつけられた跡のくっきり残ったTシャツと、半パンのぼくって、お呼びじゃないよね?
ナンダヨ、公開処刑じゃんか。
そもそも、低学年のクセに化粧ってなんだよ?
小学校の廊下にも貼られてるだろ?
小学生の間はメイクとかしたら、肌に悪いんだぞ、禁止なんだぞ!
「ダーリィン! ワタシ、ドウダッタ!?」
撮影が終わったのか、オリガが腕を広げて駈けてくる。
え、ヤメテヨ、こんなとこで!?
けど、心配は無用、両脇の頼もしい用心棒達が立ちあがって、ロシア人モデルを阻む。
「良かったよ……ふれあい銀座商店街の、ポスターにしては」
「バチモンミッキーのスウェットとか吊ってる、『洋品店』に貼るんじゃろ? 共産党のポスターと一緒に」
「ティーンズ雑誌ダヨ、クソボケ! ダレだよ、コイツラ、ヨンダヤツ!」
マジギレしてるオリガに、ドン引きする、撮影班と、チビっ子モデル。
まあまあ、となだめる、ぼくとメグ。
眼と口を縦長にして煽る、ナディア達。
どこでも、どこまでも素だよな、コイツラ。
その時。
入り口から、スーツ姿の肥ったおじさんが入って来た。
カメラマンや、スタッフが慌てて立ちあがって、挨拶をする。
「はーい、コンニチワー」
メグの顔がさあっと、青ざめた。
ん、なんだ?
なんかあるの?
「子供たちぃ、今日もカワイーですねー」
ねっとりと絡むような口調。
ナディアたちも、少し、顔色を変えた。
理由は、分かる。
180センチ近くの、ガマガエルが香水を付けた様な品のなさ。
メガネの奥の、嫌な光り方をする眼。
コイツ、キモイ。
低学年の子への、頭や顔の撫で方が……何か違う。
オリガも警戒してるのが分かる。
上目遣いで、見上げるメグを見た途端、その肥った男は、笑顔を引っ込め、わざとらしく目を逸らした。
メグの全身に、力が入って俯く。
ぼくは、全身に電流が走り、怒りが湧いてくるのを感じた。
………コイツ、メグになんかしただろ?
オリガ達の、横まで来たとき、ソイツは、足を止めた。
オリガと、ナディアの警戒に満ちた眼。
端に座っていた、リーファは、スマホを見ていて遅れた。
「おおお、カワイイ、ギャル達だねえ! 特にこの、細いコ!」
リーファが、声に気づいて顔を上げた。
あばただらけの顔が自分を見下ろしてるのに気づいて、固まる。
メグが、あっ……と声を漏らす。
ぼくは、腰を浮かせた。
その男が、リーファの片腕を掴んで、引っ張り上げたんだ。
立たされ、片手だけ、バンザイさせられ、ノースリーブの腋の下が、晒されてるリーファ。
突然の事で、呆然としている。
「キレイな肌だねえ。ワキも……んふ」
もう片方の手で、リーファのむき出しの腕をさあっと撫でた。それが、下がって行く。
ナディアと、オリガの眼が、狂気を帯びた。
多分……ぼくも。
何か、無意識に呟く。意味も考えず。
「ソイツは俺んだ……」
真っ赤な頭にまかせ、握った拳でアゴを狙う。
「わぶっ!?」
横顔に、真っ白な液体を噴射された、男が叫んだ。
皆が、動きを止めて、振り返る中、
缶ジュースをソイツに向けてる金髪が、ダルそうに呟く。
「カルピスソーダ・顔射……」
無表情で、まだ中身の残ってる缶を、男の顔辺りにトス。
「……アーンド」
眠そうだった、ジャス子の眼が、変化した。
見開いた眼から、闘気が放射する。
フワリと浮いた缶めがけて、革ローファーが、疾走した。
弧を描き、垂直まで開いた足の爪先が、大男の顔に、缶ごとめり込み、男はたまらず吹っ飛ぶ。
見事なバランスで蹴りを収めると、面白くもなさそうに言った。
「ジャス子からの愛だ。とっとけ」
巻き込まれそうになったリーファを、ぼくとナディアが、引っ張り支える。
周りからあがる悲鳴。
椅子ごと派手に倒れた男を見下ろし、いつかの様に、カンペキな真半身で構えたジャス子は、吐き捨てた。
今度は、リーファの頼もしい、味方として。
「……ワタシのねえねに、触んじゃねえ。コスれねえようにすんぞ、ペド野郎?」