インベーダー・サマー
『そうなの!? どうでもいい情報アリガト、今から鮮魚コーナーに『お魚天国』聴きにいかなきゃだから、チャオ!』
って言いたかったよ、ジャスミンが、サトシの妹じゃ無かったら。
なんでも、昨日、長期出張に行ってた、サトシ達の父さんが帰ってきたらしい。
サトシ曰く、父は『あたおか』なので、ケンカは毎度の事なんだけど、家出は初めてだとか。
『アイツ、ボッチやし、行くとこ無いからな。橘さん所ぐらいしか思い浮かばんわ……そう、いつもは沙菜んトコに逃げ込むんやけど、来てへんって』
リーファに聞いてみるって言って、lineを切ろうとした時に、lineのピンポン、が鳴った。
一瞬、ヤナ予感がした。
正直、最近のlineは大半、バッドニュースだし………
予感は当たった。
ジャス子: ねえねのトコ行きたいから、付いてきて。お礼に、4歳の頃のパンツ持ってきたけど?
かなり血圧上がったけど、ぼくは心を込めてlineを返す。
林堂:今から、お魚天国聴きにいくし、無理。サトシ心配してたから、line出ろよ。アディオス。
さ! ひと仕事終わった!
汗ダクながら、きよきよしい気持ちで、みんなの後を追おうとした所に、またline。
舌打ちした。
ジャス子:えー、ねえねに断られたら、ショックじゃん。ベルさんには、何言われても、カエルの面にションベンだけど………今、ヤラシー事考えてるんだろうな、サイテー
ぼくは、フフッて笑うと、ブロックを押した。
さ! 今度こそ、大丈夫だ。
イラン時間を使っちゃったよ、ジャス子、イラン人だけに!
「……おい、あれ、うちのヤツか?」
追いついた、仲間の群れが立ち止まって言った。
………それは、幻想的な、光景だった。
せわしないセミの声、立ち昇るかげろうで、見慣れた校門が、歪んで見える。
その中で。
ワンピースに麦わら帽子の、女の子が揺らめいていた。
ひさしが作る陰では、金髪が太陽を弾き、白い肌に、青い瞳が輝く。
入道雲が広がる、青い空をバックに、彼女は、こちらに歩いて来た。
夏が、人の形になった様なその姿が、こちらへ歩いてくるのを、ぼくらは声もなく見守る。
誰かを探す様な仕草。
軽くしかめられた顔は、お目当ての、誰かがが見つからない苛立ちのせいか。
皆さん、夏が通り過ぎちゃいますよ。
ぼくには、夏の終わりに抗議してるように見えたよ。
「………絵本みたいだな」
ジンが、どこか呆れたように言った。
集団の一番後ろにいる、ぼくと目が合うと、ノースリーブのジャス子は、花が開くような、笑顔を浮かべて手を振った。
全員が一斉に後ろを向き、お互いの顔を見てから、ぼくをフォーカスした。
手を振りながら、ジャス子は弾んだ声で言った。
「凛兄ちゃん! 約束のパンツ、ちゃんと持ってきたヨ!」
「イカレタ仲間を紹介するぜ!…… ジャスミンだ、忘れていい」
「わかったから、離したれって! 第一関節までめり込んどるやんけ!」
僕に顔を掴まれ、だらんとなってるジャスミンを見て、焦る仲間たち。
「ベルさん、頭蓋骨がミシミシ……」
「ハハッ、ダレソレ? ボク、ミッキー!」
ベルって呼ぶな!?
大会出た事バレるだろーが?
ウマ娘のコスプレ、バレるだろーがッ!
ちなみに、ジンには、全部話してある。
『大変だったな』って一言だけだったのが、涙が出るほど嬉しかったよ。
今も、現在進行中で、大変だけどな?
「凛、わかった。その子が冗談好きなのは。わかったから、離してやろうぜ!?」
ジンに言われ、ぼくは、自分の左手を使って右手を引き剥がした。
ボサボサ髪のダルそうな半眼で、立ってるのは、夏の化身とかじゃなく、見慣れた、憎っくきジャス子。
なんで、コイツぼくに絡んで来るんだよ?
どう考えたって、コイツからは、敵意しか、感じられない。
ぼくが何したってんだよ?
ぼくは、スマブラのオンラインで、大事な試合を捨てゲーする気持ちで言った。
「ジン……ゴメン。ちょっと、コイツ、リーファのとこまで送ってくるわ」
「お、おう。また、来れたら来いよ」
ちくしょう!
ちくしょう!
ぼくは、大空に向かって、自分のツキの無さを絶叫したかった。
スーパー行きたい!
古市行きたい!
なんでこんな目に合うんだよ?
こんなヤツ、4年生がやってるミニチュア田んぼに植えて、キンパツから、もみが生えてくるまでお世話してやりたいと思ってるさ!
でも、ほっといたら、何言い出すかわかんないじゃん!?
コイツ、それ読みで、ここに来たに決まってる!
夏の侵略者は、あご紐で引っかかっていた麦わら帽子をかぶり直すと、可愛らしく小首をかしげて言った。
「アリガト、お兄ちゃん……だーいすき」