それぞれのエピローグ3 〜橘さん家の場合〜
『……で、カマールに、闇サイトの紹介をしたのは、ラホールの武器商人だったそうです。そこから、いくつかの細胞を通してるから、こっちからは追えませんね』
9000キロ離れた、ユンファからの報告は、予想通りのものだった。
苛立ちが募る。
『奴』の尻尾が、掴めないことに対してではない。
ベンチに、独り座る私の10m先、アトラクションに並んでいる、娘と林堂君の距離が、微妙だからだ。
ベタベタしている訳ではない。
そうではなく、娘の手は、つかず離れずの所でウロウロしているくせに、当たり前のように、お互いのアイスに、かぶりついたりしてるからだ。
明らかに、以前と距離感が違う。
娘の表情が柔らかい。
リーファが、気の小ささを隠すために、被っている能面マスクが、壊れていくのは、父として、目頭が熱くなる思いだ。
そして、娘と一緒に笑っている、林堂君。
彼のお陰で、リーファは、今もUSJにいる。
何故か、怒って帰りかけた娘は、彼の姿を見つけると、眼を輝かせて、戻って来た。
「凛……いいの? ホントに? 休暇を上げるって、昨日、言ったばっかりなのに……」
「リーファこそ、僕のために、ありがとうな。橘さんが、一緒にまわっていいって、言ってくれたし……」
「ヤッタ! パパ、ナイス!」
滅多に見せない、満面の笑顔でそう言われた私に、何が言えただろう。
二人の間に割って入ることも出来ず、さりとて、独りで帰るのも、悔しい……というか、娘の護衛も兼ねているので、帰れない。
ユンファは、私と入れ違いでトルコだし、奴の代わりに任務に就く、ハスマイラは、一度北海道に帰省した。
二人から、距離をとりつつ、ついて行く虚しさよ。
好きな女が、他の男とデートするのを手伝わされるような物だ。
八月の容赦無い、太陽が、余計に焦燥感を掻き立てる。
あれから、1時間半経つが、娘も林堂君も、私に、一言も話しかけて来ない。
娘は、ともかく、林堂君、私に対するフォローが、全く無いのはどういう事だ?
もしかして………
オリガとのキス動画で脅迫した事を、まだ怒ってるんだろうか?
なんて心の狭いガキだ。見損なったぞ。
そもそも、これらの動画を消す条件は、『娘とのデートを手伝ってくれたら』
と言うものだ。
それを、思い出させるために、一番暑苦しい動画を送信準備した時、ユンファから、着信があったのだ。
「カマールが、嘘を言ってる可能性は?」
『低いですね。マフディが、孫を押さえてる写真を見せてますし、あまり、この世に執着が無さそうです』
私は鼻を鳴らした。
ハシム家の頭首には、恨みはあっても借りはない。望まぬ闘いを仕掛けてきたのはあっちだ。
勝手に死ねばいい。
「後は、マフディに引き渡せ。こちらは、こちらで作戦を開始する」
『エサは、どうなってます?』
エサとは、ゲームの大阪大会で、香咲家を襲った殺手だ。
麻薬中毒の半グレだが、元猟師の職業的暗殺者で、その世界での評価は高い。
マフディの長男が、喉を刺し、手と脚の腱を切って倉庫に監禁している。
うちの、ダミー会社名義で借りてる、港区 -皮肉なことにUSJから、すぐだ-
の倉庫で、ユンファがマフディの長男と落ち合い、殺手を引き取った。
物静かな男だったが、会った瞬間から、ユンファの頭の中では警報が鳴りっぱなしだったそうだ。
敵には回したくない類いの男というのが、彼の評価だ。
ユンファがドバイにいる私の代わりに、今回の不手際を詫びた。
『ハシム家を更地にする』
と宣言したのは、私とジェーンだ。
マフディの長男は、血塗れのシャツとスラックスを着替えながら、謝罪を受け入れ、
「第二、第三の彼が、出て来ないように願う」
淡々と告げると、徒歩で去って行った。
「エサは、薬で眠っている。今日中に、計画は実行する……以上だ」
私はスマホを切って、他の護衛の姿を確認する。異常なし。
私は、暗澹たる思いだった。
闇サイトの存在は聞いていたが、都市伝説みたいな物だと思っていたのだ。
日本で、白昼、あれ程堂々と、誘拐殺人が行われる様では、娘のセキュリティを根本から、考え直す必要が出てくる。
思い出したくもない事件だが、昔、有名な漫画原作者の娘が、台湾系のマフィアに営利目的で誘拐され、凌辱され、惨殺された。
私の大袈裟とも言える、娘への警護体制はそこから来ている。
アレの母との離婚の原因の一つだ。
だが、悲しい事に、私の危惧は、杞憂ではなくなりそうだ。
梁家、と言うか、私を付け狙う奴らは多いが、とりわけしつこいヤツがいる。
そいつ等を根絶やしにすれば、娘にもう少し、普通の生活をさせてやれる……はずだった。
しかし、大金さえ積めば、この逃げ場の無い国でも、簡単に人殺しが雇えるとなれば、話は変わってくる。
今回、僥倖だったのは、その闇サイトについて嗅ぎまわって見た所、複数のフリーランスから、情報を得ることが出来た。
その闇サイトを売り込んで来るのは、中国系のビジネスマンだと言うこと。
相手の財力と、需要を念入りにリサーチしてから、アプローチして来ると言う事。
隠し撮りした、その教養のありそうなセールスマンの写真を手に入れる事も出来た。
台湾の本部を経由して送られてきた写真を見て、俺は口の端が吊り上がっていくのを止められなかった。
探したぞ?
絶対に逃さねえ。
あの、大男を使って、コイツのサイトに大打撃を与えてやる。そして-
その時、私に影がさした。
嗅ぎなれた香り……
「ボス、探したッスよ? line出てくれないし」
私は、サングラスを掛けたまま、逆光に浮かぶ、人影を振り仰いだ。
「娘とデート中だ……フラレたがな。帰省はどうした?」
「又にしました、忙しそうなので……あの子たちッスか? 初々しいナァ……」
こちらに改めて向き直った、スーツ姿の褐色美女は、凛とした顔で、私に敬礼を飛ばした。
「オペレーター・ハスマイラ、現着しました。ただ今を以て、任務に就かせて頂きます」
大阪大会編・完
明日から、新章です、よろしくお願いします!
(・∀・)