表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/1090

それぞれのエピローグ 〜マフディ家の場合〜




 カマール・ハシムは、小さなコーヒーカップをテーブルに置きながら、ため息をついた。


 この国の、洋風コーヒーは、マズい。

 挽いた豆が沈殿した、トルココーヒーも旨いと思ったことはないし、チャイも口に合わない。


 三星ホテルのカフェ。

 冷房が効いてるだけでも、有り難いとしようか。


 半分アジア、半分ヨーロッパのトルコ共和国。

 首都、イスタンブール。

 

 世界で一番、旅行者ズレしていると言われる、この街は、身を隠すのには適した場所だ。


 二人のボディガードは、離れた席で目を光らせている。

 

 西洋かぶれなこの国は、自分の様な敬虔なムスリムには、座りが悪い……が、ほとぼりが冷めるまでの我慢。


 身なりのいい、禿頭の痩せた老人は、考える。

 

 自分の人生の大半は、『釣り』だった。


 エサとポイントを選び、釣果を待つ。


 自分が、ハシム家を繁栄させる事が出来たのは、ひとえに、『待つ』事が出来る、忍耐のお陰だった。


 仇敵である、マフディ家。

 跡取りの一人息子が逃げ出し、あとは待つだけだった。


 何もしなくて、良かったのだ。


なのに。


 昼食を終えた、東洋系の観光客が、入ってくるのを眺めながら、カマールは、ため息をついた。

 

……いつから、星のめぐりが悪くなったのだろう。


 州警察……とは名ばかりの、悪党の親玉・シンを抱き込んだ辺りか。


 ヤツは、役に立つクズだったが、ペドフィリア(幼児愛好)と言う悪癖があった。

 

 そんな事は、どうでも良かったが、そのせいで、()()()()()()()()である、自分の息子ごと、殺されるハメになったとくれば、性癖を呪わざるを得ない。


 息子と、その仲間、シンの死体も一切上がって無いが、キル&ダンプ(殺して捨てる)は、バロチスタン名物だ。


 長男は死んだが、まだ、娘の息子、幼いながらも孫がいる。


ハシム家は、続いていく。


 自分でも驚いたが、長男が死んでも、なんの感慨も沸かなかった。


 ただ、マフディの手に掛かったのは間違いない以上、復讐は、果たされなければならない。


 礼拝を呼びかけるアザーンが、ホテルの外から聞こえる。


 窓から差し込む、8月の過酷な太陽は、外出する気を失せさせた。


 ………妙な事に気づいた。


 いつの間にか、カフェのテーブルの大半が、陽気な、東洋人の若者達で占められていた。

バックパッカーらしい、軽装に舌打ちする。

 

 このカフェには、ドレスコードがない。そして、中国人は、アメリカ人くらい、やかましい。

 

 ……皆、中国系に思える。

 というか、自分には、東洋系は、皆、同じにしか見えない。


 ボディガードの方を見ると、ウェイターが、運んできた、タブレットらしいものをのぞき込んでいる。


 10秒……

 20秒。


 バロチスタンから、連れてきた、二人のボディガードは、静かに立ちあがる。


 隣の席の中国人達4人が、親しげに近寄ると、肩に手を置いた。


 カマールの心臓が跳ね上がり、声が喉につっかえる。


 そうだ、思い出した。


 シンから、報告を受けていた。

 

 館から、ロシア人少女を連れ出したのは中国人で、それ以後、連絡が途絶えた事を。


「よお、爺さん。機嫌はどうだい?」


 前の席に、いつの間にか、若い東洋人が座っていた。


 黒髪に、黄みの少ない白い肌。

 30に届かない、若造。


 目鼻立ちの整った顔に、楽しそうな笑いを浮かべている。


「俺の方は、ハッピーだよ。ガキのお守りから開放されて、鉄火場の空気を吸ってるからな」


「………聞いてないが? 誰だ」


「まあ、聞けよ。アンタは、闇サイトで、暗殺者を雇った。南米への潜入から、ヨーロッパでの誘拐まで、なんでもござれの、優良会員サイトだ。それで……」


 中国人の目が鋭くなった。


「日本にいる、マフディの、暗殺を依頼した……それ以前に、許せんのは、オマエラが時間を浪費させたお陰で……バイクから落とさねえ様、クソガキごと、ガムテープでグルグル巻きにされたんだ……週間ジャンプの束みてえによ?」


「……言ってる意味がわからんが」

 

「バックレるには、遅すぎたな?」


「……いや、『ウイークリー・ジャンプ』の方だ」


「そっちはいいから」


 カマールは、高い天井を仰いだ。


4人の東洋人と去って行く、ボディガードには、見向きもしなかった。


 ここまでか。


「貴様らは、マフディの何だ?」


「雇われだ。顔に泥を塗られたケジメを取りに来た」


 東洋人は、背もたれに体を預けて、宣言した。


「迅速・確実・来た時よりキレイに、が我社のモットーなんでな……それとオマエたちに、闇サイトの紹介をした奴を教えろ……ユンファだ。タンゴに接触」


 スマホをテーブルに置いた、ユンファが言った。


「そいつ等を探してる……長いことな」


 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ