男子脳
オリガの呆然とした言葉が、ぼくの熱くなった頭をただ、通り過ぎる。
「ジンも、何で止めないんだ? イキリの5年生にやらせて大怪我したら、今度こそ廃止なのに」
リーファが、スマホを見下ろしながら、感心して言った。
「……『って言うだろうけど、line出なかったのオマエだし。唯一神のオマエの話なら聞くんじゃね?』だって。スゴイね、ジン。凛の言う事、先読みしてる」
「そりゃ、ジンだもん」
ぼくの誇らしげな、セリフに、リーファが、複雑な顔をする。
「エ、チョット! リン、プール、プール! ビキニ・オリガダヨ、撮影の仕事デモ見せたことナイ、レア!」
「……ゴメン、オリガ。行かなくちゃ。和馬、イキリのバカだけど、ケガされたら…………メッチャ迷惑だから」
ナディアが、椅子でくるくる回りながら、呟く。
「それな。ソイツは死んでもいいけど、遊び場減るのはイヤじゃもん。正直でよろしい」
爽やかに指を立てる僕に、オリガが、すがりつく。
「イッタイナンダヨ、そのナントカサーキットって!? ワタシのビキニより、イイッテノ!?」
「あー、聞きおった。凹むだけじゃのに」
「絡むのはポールだけにしとけよ……メイワクな奴」
「ヤッテネーっつってんダロ!? オマエラ、気にならないのカヨ!」
ぼくは驚いて言った。
「え、知らないの、浮田サーキット? ………オリガは知らなくて、当たり前か。ホラ、浮田神社の前の坂、あるだろ?」
「いや、凛。オリガどころか、リーもあんな、へんぴな神社知らんじゃろ。引っ越して来たばっかりじゃけん。あの、Uの字坂じゃろ、ムダに長い」
「あ、そだね、ゴメン。あの坂を、スケボーに座って降りきるんだ。足を付いたらアウト」
へ?
オリガが、間抜けな声を上げたけど、リーファとナディアは、メッチャ渋い顔してうつむいただけ。
えー、これ以上説明いるかなあ。
自慢っぽくなるしなあ。
あ、でも、ジンに唯一神とか、言われちゃったし、言わないのも変だよね、ね?
ぼくは、チョット照れながら言った。
「ケガ人続出で、学校で禁止になったんだけど……クリアしたのぼくだけなんだよね」
へへ、言っちゃった。
ジンですら、無理だったんだぜ?
足が長いからスケボーに座るの向いてないんだよな、あいつ。
なんにせよ、学校でオンリーワンだから、割とみんなのマウント取れるんだよね。
スマブラ以外で唯一の自慢なんだ、実は。
呆然と見上げるオリガ、苦痛をこらえる顔で、うつむく、ナディアとリーファ。
あれ、反応薄くね?
………そうか、やったことないもんな。
あのスリル、ハマったら女子でも流行るっておもうんだけど。
あ、チクる奴いそうだし、女子、アカンわ。
……まあ、でも、この三人なら。
「いや、かなり難しいんだぜ、アレ。ホントは、女子禁止だけど、オマエラなら、特別につれてくぞ? 保護者に見つかったら『話合い』行きだから、変装して行かなきゃだけど」
「………うん、あの、ホラ………興味ない………事ないけど、今日はひとりで行きなよ。男子だけって大事じゃん?」
「そうじゃ。うちも、スゴく興味ない……わけじゃ無いけんど、ジンらに、ヤボや思われるけん」
あれ、なんだか、二人とも元気ないな?
眼も合わせてくれないし。
「チョット待って、リン」
オリガが、座り込んだまま、ぼくを見上げて、ふるえながら言った。
「ツマリ……ブロンドモデルの、ビキニヨリ………キッズと、スケボーデ、サカミチ、スベル方ガイイ………ッテノ?」
「エ……そういう訳じゃ無いけど……」
そんな言い方されると、困るな。
……ぼく、実は、泳ぎ苦手なんだよね。
学校のプール開放も、行きたいと思わないし。
信じられない物を見る目で、見上げるオリガから、なんとなく目をそらすぼく。
リーファが、どこか、疲れたようにスマホを読み上げる。
「続きだけど……クマが、闇の構築デッキ……?買ったんだって」
「んだとぉ!?」
ぼくはまた、噴火した。
「4年坊、それやっちゃ駄目だろ! 水は、ジン、闇は、ぼくって暗黙の了解だろーが! あんのガキィ……」
クマは、同じ学校の四年。
あるあるだけど、覚えたばっかの、セリフを言い続ける、イキリキッズだ。
最近の口癖は『だっる』
ただ、
『うまい棒? は、だっる』
などと、使い方はあまり分かってない。
「『凛は、同担拒否で喚くだろうけど、そんな暇があるなら、とっとと……』」
「言われんでも!」
リーファが、カバンと、カードの詰まったプラスチックの、ケースを3つ渡してきた。
「じゃ、はい。ゴメン、部屋入った」
「……よく、これとこれとこれって、わかったな?」
リーファが、拗ねたように言った。
「ジンの指示だよ。『火と混ぜるだろうから』だって……アンタら、マジキモい。エスパーかよ?」
「デュエ仲間だしな! ワリ、行くわ!」
※※※※※※※※※※※※
5階の柵から、駐輪場を見下す、三人の、小6少女。
「マジか、もう自転車跨っちょる……アレ、階段、飛び降りつづけたんか?」
「慌てすぎだよ……あ、踏み外した。凛!落ち着きなよ……一旦停止!……あーあ。事故らないでよ、もう!」
柵にすがりながら、ヘナヘナと座りこむ、ロシア人少女。
うわ言の様に呟く言葉は、リーファ達の気持ちを代弁していた。
「……ウソ……ビキニダヨ? 新作ダヨ? アタマん中、ドウナッテンノ?」
リーファも、ナディアも、オリガをどうこうしてやろうって気は、失くなっていた。
オリガ程じゃないが、リーファ達もそれなりのダメージを喰らっていたのだ。
柵にもたれて、ナディアも、シラケたように座りこむ。
「見てのとおりじゃ。うちらより、坂、爆走するほうがええんじゃろ……」
リーファが、締め括る。
「しゃーないよ。男子だから」
オリガが、ボロボロ涙をこぼす。
「ヒドイヨ……オールで仕事終らせて、ビキニ着て……ダカラ、トイレガマンシテタノニ……」
ナディアが、斜め上を見ながらボヤく。
「おー、シミなんぞ出来たら、終わりじゃもんな」
「そーそ。だから、マッハでシャワーに飛び込む……塩素の」
オリガが、ふらふらと立ち上がった。
「……イッテクル」
「おー、景気良くブチかましてきんさい」
「換気扇回しといて。私も続く」
「ツヅクナヨ……」