浮田サーキット
「チョ、No joking! ワタシ、今日、リンとバカンスするタメニ、寝なイデ、仕事オワラセタヨ、ホラ!」
慌ててサングラスをずらして見せる、オリガ。
眼は充血して、くまが出来てる。
リーファは、取り合わずにどこかへ電話しながら、廊下へ。
「おー、見事なクマじゃの、ロシア人だけに……心配いらん」
ナディアは、ふっと、穏やかに笑う。
「ワレが寝付くまで、そばにおるけん。リーもうちも」
「イランわ! 止めてもムーダ! リンとイッパイ遊ぶンだモン」
ぼくは、ちょっと聞きたい事が出来た。
「オリガ……元気そうだよね?」
社長の様に、椅子から見下ろすナディアに、舌を出してた、オリガが、固まった。
「……リンのオカゲダヨ。本当ハ」
オリガが、うつむく。
「夜、眠るのがコワイカラ、シゴトでゴマカシてた……」
オリガは、サングラスを外すと、震え始めた。
「思い出させないデヨ……バカ」
ぼくは、慌てて、オリガの背をさすり、言った事を後悔した。
そうだよ、パキスタンで、さらわれかけてから、時差も入って良くわからなくなってるけど、3日かそこらしか経ってないんだ。
無神経だったな。
ぼくが、謝ろうとしたその時、ナディアが、しらけた声で言った。
「そりゃ、イカン。寝不足でプールはご法度。ホテルプールで、白人女が浮いてたら、出稼ぎポールダンサーの末路にしかみえんでな」
「テメェが浮いてタラ、イタリア行きにシッパイした、難民にしか、見エネーヨ、アスホール!」
「二人とも、やめろ……マジ、色々とヤメロ」
眼と口を、縦長にして煽るナディアに、噛み付きそうな、オリガをなだめる。
猛犬みたいに、唸り声をあげる、オリガ。
寝不足で気が立ってるのかな。
ぼくは、ため息をつく。
プールは、ともかく、何とか寝つかすくらいはしないと。
幸い、今日は母さんもいるし、変なことにはならないだろう。
ドアが、勢い良く開き、リーファが現れた。
片手には、愛用のiPhone。
「話は聞かせてもらったよ……ポールダンスで稼いでる、って辺りから」
ナディアが、一つ頷き、言った。
「微妙に違うけんど、誰も気にせんし、ええよ」
「ワタシが、気ィ悪イワ、ビッチどもガッ!」
リーファが、白目で、憎ったらしく唇を突き出し、シッカリ煽ってから、キリッとした顔で言った。
「オリガ、聞いてたら自分の話ばっかじゃん。凛だって、友達と遊びたいに決まってるだろ?」
「………今マデ、ズッと一緒にいた、ガールズが言ウな?」
二人は、例の顔で、シラを切った。
はたで見ててもムカつく、顔だ。
オリガが、血管を額に浮かべつつ、唸るように言った。
「……オマエラ、何かアッタんダロ? スキアレバ、ツカミ狙ウ、ビッチのセリフジャネーヨ」
「何言ってんだろねー、このパツキン」
「それより、ポールダンスしながら、『性的な眼で見ないで!』とかホザいて、うちらの腹筋鍛えてくれんかの?リオのカーニバルダンサーみたく」
「シテネエっつってんダロ! ハナレロヨ、ポールダンス!?」
「やめろって、オリガ。オマエラもよせ」
ぼくは、オリガを前から抱きとめて、なだめる。
「ダーリン、アイツラがイジメルの!」
ぼくの胸に、グリグリ顔を押し付けて泣くロシア人少女。
リーファが、OKサインを出すと、ナディアが、重々しく頷いた。
「オリガ、うちらも、凛も、しばらく休暇じゃ。独りにしてあげんさい」
「休暇だから、一緒にプール行くんダロ!? ワタシが、イッパイ、優しくスルモン!」
「は」
ナディアが、半眼で呟き、リーファにアイコンタクト。
ガキじゃのう
だよね
「眼で会話スンナ! オマエラ、オヨビジャ、ネーんだヨ!」
二人は余裕。
ナディアは、椅子に座ったまま、ゴッドファーザーの様な貫禄で言った。
「よう言うた、その通りじゃ。残念なのは、そこにオマエも含まれちょる事……リー、頼む」
リーファは、僕に向かって言った。
「凛、ジンから伝言。私には、意味が分からないから、そのまま伝えるよ。『浮田サーキットが復活する。挑戦者は、和馬』」
ぼくの頭を、雷が駆け抜けた。
ショックのあまり、声が掠れ、今までのブルーが消えてなくなる。
「なん……だと……?」
リーファが、戸惑いながらも先を続ける。
「『うちの学校では、禁止になったけど、和馬の学校ではマダだから。いつでもバラけられる様に、自転車は、こまつにおいて、徒歩で集合。和馬、片手でやる』って」
ぼくは、怒りで頭が沸騰した。
「ざけんな、ナメてんのか!? あの坂は、そんな甘いもんじゃねーんだよ、エアプ勢がッ」
「……エ、ダーリン、何イッテル?」