少女たちの絆()
自分ちみたいに、ドタドタと、オリガの足音が、廊下を走っていく。
僕ら三人は、壁越しに、移動していく声を、感情の無い目で追った。
「凛ママー、出張から、帰ったヨー。約束のブツGET!」
「ホンマか!?」
母さんの興奮した声。珍しい。
リーファ達も驚いて……いや、焦ってる?
「ジャーン!」
「おお、ドアラタオル! でかしたで、オリガ!」
そう、母さん、野球は興味ないくせに、中日ドラゴンズのマスコットキャラクター、ドアラが大好きなんだよね。
オリガ、ここに引っ越して来てから、ぼくの両親に何回か会ってるとは思うけど……
いつの間に、そんな情報仕入れたんだ?
「フッフーン。オリガ、仕事失敗シナイヨ!」
「もう、昼ごはん出来るし、食べてくか?」
「ワオ、サンキュ! 凛は、部屋?」
「……ヤバイで、リー」
「揉めてる場合じゃない、漁夫られるよ、これ……油断した」
硬い声と、顔の二人。
今までの張り詰めた空気があっさりと消滅していた。
出張って……ナディアの実家の仕事だったのかな? 昨夜、がんこ寿司で別れて以来だけど、徹夜でもしてたの?
それはそうと。
この状況で、オリガの登場は……正直気が重い。
今は、オリガのテンションに、合わせられる気がしないし、二人の前で、ベッタリされるのも困る。
オリガ、パキスタンで攫われかけたりしたから、ケアしてあげなきゃだけど……
「ダーリン!」
刑事が、蹴り開ける様な勢いでドアが開く。
両腕に、買い物袋を鈴なりに通した、サングラスのオリガが、満面の笑みで現れた。
ナディアが、投げてくる座布団をかわし、リーファが、伸ばしてくる足を払って、笑顔のまま、座り込んでるぼくを抱きしめた。
旅行中、ずっとそばにいた、いい匂いがする。
でも、うれしくない。
新たなトラブルの到来を、実感させてくれただけ。
「会いたかったヨ! んーっ」
「うわ、よせって!」
派手な音を立てて、ほっぺにキスされ、頬ずりされる。
ゆらりと立ち上がる、二人にジェスチャーで伝えた。
『おさえろ』って。
二人とも、ぼくの悲しそうな表情から、何を読み取ったのか、不貞腐れた様に、元へ戻った。
「OH、ガールズ! 気づかなかったヨ」
超・白々しく、オリガが、言った。
「そりゃ、眼ン玉の代わりに、青いビー玉入っちょるだけじゃけん、しゃーないのう」
「で、3番目が何の用さ?」
二人の強烈な毒をケラケラと笑って相手にしない、ロシアの6年生。
「リーファ、ジャスミンから、lineキタヨ。キョーコ叔母さんと、話デキタンダネ……ヨカッタ」
リーファが、眼を見開いた。
「オリガ……」
ニッコリ笑って、金髪を払うと、笑顔で言った。
「ダカラ、トットとカエレ」
「一瞬でも、感動した自分が許せない……」
「よせ、リーファ! その電気スタンド、まだ使ってるんだ!」
「ダーリン、ゴハン食べたら、プールイコ?ホテルの屋上ダヨ? ミテ」
「うわっ、何すんだよ!?」
自分のTシャツを、めくり上げるオリガに叫んじゃったけど。
その下はブルーとピンクのビキニだった。
それを押し上げる、大きな山。
口にしたら、間違いなく、ナディアに殺されるけど……
オリガのほうがおっきい。
オリガが、二ヒヒと笑う。
「ビックリした?……えいっ」
「おべっ」
真っ白で、キメの細かい肌が、ドアップで迫る。
胸の谷間に顔を押し付けられ、上から、Tシャツを被せられた。
柔らかっ!
めちゃめちゃ柔らかっ!
ぼくは、慌てて脱出を、はかって……
また、左胸を押さえてしまった。
びっくりした。
指が全部めり込むような、ソフトさだ。
「あっ、リン、エッチー! あんまり、アバレんナ、モウ」
誰かに、襟首を引っ張られ、ナディアの座ってる椅子まで放り出された。
ナディアが、スネで、器用にぼくの背中を受け止める。
一瞬見えた、サングラス・オリガの三日月みたいな、嗤い顔。
明らかに、ナディアと、リーファを、煽ってる。
ぼくを放り投げたリーファが、肩で息をしていた。
「……オリガ。遺言とかある?」
「ンー、ソダネ……」
オリガは、横を向いて考えるフリ。
ニッコリ笑ってリーファに言った。
「……ワタシが死んだら、コノ、ビキニ、アゲル。ムネとか、キット、ピッタリダヨー」
「死ねぇ!」
「待ちんさい、リー」
ナディアが、静かな声で言った。
電気スタンドを振り下ろそうとした、リーファ、座布団で受け止めようとしたオリガが、思わず、振り向いた程の、静かさだ。
「オリガ……パキスタンで、大変な目にあったんじゃろ? 元気そうじゃけど……無理しとるんじゃろ?」
俯いて、震えるナディアの声。
「うちには、分かる……のに」
ナディアが顔を上げた。涙を光らせ、声を絞り出す。
「何で、うちらを頼ってくれんかったんじゃ!?」
呆然とする、オリガ。
数秒後、リーファが、静かにスタンドを置いた。
「……そうだった。ゴメン、オリガ」
「へ?……な、ナニ?」
ナディアと、リーファを、高速で見比べる、オリガ。
ナディアが、泣きながらも、怒りを込めて言う。
「凛、これだけは、言わせてほしいんじゃ。何で、うちらに相談してくれんかった? 女子同士でしかでけん話、いっぱいあるじゃろ!? うちら、そんなに頼りないか!?」
ぼくはショックを受けた。
同時に……
叱られる心地よさも感じていた。
そうだ。
ぼく一人で何とかしようなんて、思い上がりもいいとこだった。
ぼくは、そっと、オリガから、身を離した。
「あっ、ダーリン……」
真っ直ぐに立った。
ぼくの心に、晴れ間が差す。
窓の外と同じくらいの、快晴だ。
笑顔でぼくは、頭を下げた。心を込めて。
「ゴメン、ナディア。僕が間違ってた ……ありがとう」
ぼくが、頭を上げた瞬間、褐色の少女は、リーファに、何かハンドサインを出してて、やめたように見えたけど……気のせいだろう。
ナディアは、涙を拭いながら、微笑んだ。
ぼくが……一番ドキリと来る顔。
それすらも、今は、頼もしく思えた。
ナディアが、晴れやかな笑顔で言った。
「リーも、うちも、凛とおんなじくらい、コイツが心配なんじゃ……ジンと遊んできんさい……オリガは、うちらに預けて」





