ペケ
「あの、なんていうか……」
歯切れの悪い、ぼくの言葉に、回転椅子に腰掛け、顔だけこちらに向けるナディア。
眼には、期待とかよりも……怯えの色が浮かんでる。
「そんな顔するなよ……下着姿見ちゃったのは、事故だけど、あの、その……びっくりした」
困り眉したナディアが、椅子を回し、ぼくに向き直った。
切なそうな眼差し……また、変な気分になりそうで怖い。
「びっくりして、ドアで頭挟んで転げまわってるぼくを、抱き上げてくれて……なのに…あんな事してゴメン」
ナディアは、うつむいて言った。
「謝らんといて。うち、うれしかったのに……びっくりしたけんど」
リーファが、自分の襟を握りしめてる。
聞くの、辛い……よね、やっぱり。
……でも、言わなきゃ。
「リーファに殴られた話したら、笑ってくれただろ? いつものナディアで嬉しかった……でも、結局泣かしちゃって……」
視界にはじゅうたんと、その上に落ちてる古いレシートだけ。
喉、乾いたな。
「泣きながら笑う、ナディアを見て、ぼく、焦ったんだ。理由はわからない。何か、遠くに行っちゃうような気がして……それに、何より、自虐してるのが許せなかった……そこの」
ぼくが窓を指差すと、ナディアが、そちらを向く。リーファは、うつむいたまま。
「窓からの光が、ナディアの背中に射してて、パルテナの登場シーンみたいだった。下着姿とか、関係ない……あるけど……綺麗だった。そう伝えたかったけど……体が先に動いたんだ」
振り向いたナディアの顔が、涙でくしゃくしゃに崩れていた。でも、可愛かった。
リーファが、苦しそうに声を漏らす。
ゴメン。ケジメはつけるから。
「正直に言うね。怒るだろうけど、二人にした事、ぼくは後悔してる。大会の事より、二人がマジでいがみ合うのなんて見たくないから」
二人はうつむいた。
……クズの言い分だよな、これ。
じゃあ、すんなよ、最初から。
なに、被害者ぶってんの?
わかってる。
わかってる。
でも。
今から、もう一つ、クズなことを言う。
それは……
多分、もう、ぼくたちは、今までの関係じゃいられない。
それを、認めないと前に進めないからだ。
……ホントはね。
ぼくは今まで、通りが良かった。
女の子とおつきあいとか、今でも想像できないもん。
何して遊べばいいかわかんないよ。
……それでも。
「後悔してる……けど」
顔が熱くなって、視界が赤くなる。
ぼくは、恥ずかしさをこらえて言った。
「同じ状況になったら、次もまた……同じ事してしまいそうで怖いんだ」
二人が、息を呑んで、顔を上げる気配。
ぼくは、情けない声で言った。
「でも……誰にでもって訳じゃない……と……思う」
気配でわかる。
二人ともぼくをじっと見ている。
軽蔑してるのか。
怒ってるのか。
確認する勇気が……ない。
そうだ。
今言った事は、全部ぼくの正直な気持ちだ。
だからこそ、ぼくはケジメをつけなきゃならない。
もう、繰り返したくない。
大事な女の子達が、殴り合うところなんか、みたくないもん。
ぼくの出した答え。
二人きりにならなきゃいいんだ。
単純だけど、確実だと思う。
ぼくは、顔を上げた。
これが、ぼくのケジメだ、
「だから、ぼくは……」
リーファが、両手でペケをつくって言った。
「凛、ノーカンにしよ?」
「「へ?」」
ぼくとナディアは、間の抜けた声を上げてしまった。
「っていうか、えっと……うまく言えないな。えーと、えーと」
リーファのこんな焦り方、あんまり見たことない。
「私、凛が言ってくれた事、スゴく嬉しかった。それで充分。また、繰り返しそう? 超嬉しい。けど……ちょっと、休憩しよ?」
リーファの、早口。
めっちゃレア。
「凛、羽伸ばして来なよ。私はそうする。ジン達に報告まだなんでしょ?1週間以上、みんな、狂った毎日だったもん。休もう? 色々は、それからでいいじゃん」
怪訝そうなナディアに、チラリと目を向ける相棒。
「この話から、私は降りる。世界一幸せな出来事だったけど、心にしまっとく。ナーは好きにすれば? だから……」
リーファは、泣きそうな顔でぼくに言った。
その表情、ズルくないか?
「凛が言おうとしてる事に、私は含めないで。お願いだから……それ、死ねって言ってるのと同じだよ」
真っ青な顔をしたナディアが言った。
「う、うちも! 今日あったことは、蒸し返さんけん! リーとも、今まで通りじゃ、な?」
リーファは、真剣な顔で頷いた。
「……えっと」
ぼくは、言葉を探した。
……それでいいのかな?
そんな風に出来るものなのかな?
そもそも、リーファ、何でぼくの言おうとする事がわかったんだろう?
ナディアも、何で勘付いたんだ?
緊張した、二人の顔。
ナディアの頬の腫れが痛々しい。
急に、ぼくの頬も痛みだした。
二人の申し出は嬉しいけど。
ぼくが嫌なんだ、怖いんだ。
また、同じ事しちゃったらって思うと……
そう言おうとした、その時。
玄関のドアが、壊れる勢いで、開く音がした。
「ヒャッフー、ダアリィィィン! 五先の景品、オリガちゃん、参上ダヨーん!」