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負けただけじゃない





『全国大会ぃ? 女の子ですよ、恋の方が100倍大事なコトくらい、理解しときなよ、バーカ!』


 ぼくは、見慣れた自室の天井を眺めながら、その言葉が頭で、木霊するのを聞いていた。


 呆然とするぼくを残して、サッサと消えた、ジャスミン。


 でも、その言葉は、去ってくれなかった。


 ……何度、あれから、自分の頬に触ったかな。


 柔らかい感触が、残ったままで、それが、ぼくの気持ちをざわめかせ続ける。


 ……充分に寝た。


 頭は冴えてる。

 

 家には、ぼく、ひとり。


 オリガ、まだ寝てるかな。

 

 え? いや、逆。今は会いたくないんだよ。

 

これ以上、揉め事はゴメンだ。

 

 親友のジンからlineが来てるけど、怖くて開けない。


 ぼくのチーム名、クラリス・ベルを知ってるは、ジンだけだ。

配信、観てると思うし、聞きたい事山ほどあると思う。

 パキスタンでの事、ウマ娘・コスプレの事、口の固いアイツには、話していいと思うけど。


 それより。


 ぼくは、寝返りをうつ。


 ナディアに、昨日の事話すのかな、アイツ。


 なんて言うんだろう。


 キス………した?

 

 それとも。


 心臓が痛んだ。


 ぼくに、された?


 あの時の、感じたことの無い……


 なんていうか、闇系のたかぶり。


 あいつ……柔らか


「あーっ! あーっ!」


 それに応える様に、スマホが震えて、ビクッとなった。


 慌てて、足で引き寄せ、背中で1回転する。


『ジャスミン』


 いっけなーい、ブロックするの忘れてた!


 ぼくが、鼻歌を唄いながら、ブロックを押そうとしたら、小さな通知の文字が目に入った。


『ビンゴ。ヤッちゃうみたい』


 まばたきしないで、スマホを連打。


 はよ開け、はよ!


 飛び込んで来たのは、lineトークのスクショ。


ジャスミンと……リーファ!


 頭の内圧が、一気に上がる。


『ねえね、まさか、クララさん家に向かったりしてないよね?』


『怖いって。見張ってんの、カレン?』

『ケジメつけるよ。嘘だけは付きたくない。ナーは、親友だから』


 ぼくは、足をもつれさせながら、玄関にダッシュした。



 よく、事故らなかったなって思う。


 漕ぎそこねて、ペダルで、ふくらはぎの内側を、擦り傷だらけにしながら、全力で路地を疾走する。


 ナディアの家まで、一キロ足らず。

 事故りさえしなけりゃ、5分もかからない。


 狭くなった視界と、自分の荒い息だけ。


頭は空っぽ、立ち漕ぎダッシュ。


 曲がり角に、見慣れた四駆。


 遅かった。


「くっ、そ!」


 護衛のユンファさんの鋭い目つきを追い越す。


「ふざけなや!」


 バチッていう音に、事態は最悪な事になったのが、わかった。


 あれ、パンチが、芯をとらえた音だ。

 顔パンの。


 急ブレーキをかけたぼくは、わざと音を立てて、自転車を放り投げた。


「ナディアっ!」


 尻もちを付き、唇の左側から、血を流しているリーファ。そのリーファにかぶさるように倒れ、自分の左手首を掴んで、悲鳴を押し殺しているナディア。


 気配が、ぼくを追い越した。


「ジャリ共、そこまでだ」


 ユンファさんが、リーファの頬の痣に触れ、血の流れる、口を開けさせた。


「よかったな、歯は無事……口の中、長く切ったな」


 地面に頭を付け、丸くなってるナディアを裏返すと、掴んでる手首を離す様、指示した。


 目に涙を浮かべる、ナディアの左手を、優しく手に取ると、険しい顔で見つめる。


「……ヒビぐらいは入ったかもな」


目の前が暗くなるってこういう事だったのか。


 全国大会……無理だろ?


「何事です、ナディア?」


 険しい顔で、ナディアママが出てきた。

 こめかみの腫れを隠す、包帯が痛々しい。


 四駆から、誰かが降りてきた。


 リーファの側にしゃがみ込んだのは、京子叔母さんだった。


「……だから、言ったのに。なんで、そんなに不器用なの? 褒めてないわよ」


 涙声で、リーファを抱き締める。


「……コイツに……ウソつきだって思われたくないんだ。親友だから」


「なんじゃそれ……ウソじゃなかったら、なに言うてもええんか……汚いマネして、ええんか!」


部屋着代わりの、チャドル姿で、ユンファさんに支えられながら、危なっかしく、ナディアが立ちあがった。


「林堂は、何しに来たんじゃ…… 『俺達付き合う事になったし』って煽りに来たんか!」


 ナディアママが、ユンファさんが反応するより速く、ナディアの胸ぐらを掴んで振り回し、頬にビンタを叩きこんだ。


 ナディアの顔が弾ける程の、容赦ない強さだ。


「ちょっと!」


 ぼくは、ナディアママの腕にしがみついた。

 ギョッとした。


 ……薄手のブラウスじゃごまかし切れないくらいの筋肉だ。


「下がって、林堂君。ここからは、香咲家の問題です……つまり、こういう事かしら? 昨日、ナディが病院に行った後、林堂君と、リーファちゃんの間に()()()()()


 ぼくがしがみついても、ビクともしない。

 吊り上げられ、苦しそうにしながらも、ナディアは抗った。


「うち……厄介払いされて……裏切られたんじゃ」


 ナディアママは、ひどく冷たい声で言った。


「二人に厄介払いされたんなら、あなたが邪魔だったんでしょ? フラレただけじゃない」


「違う! まず、放してください!」


 ぼくが叫ぶまでもなく、ナディアのママは、興味を失ったみたいに、ナディアをポイ捨てした。


 前に立って庇うぼくを見もせず、横を向いて吐き捨てる。


「ガッカリだわ。筋を通しに来た友達に、逆ギレして、殴りかかって……そんなだから、負けるのよ」


 京子叔母さんは、信じられないものを見る目で、ナディアママを見つめている。


ナディアが、声を上げて泣き出した。


「奥さん、ちょっと冷静になろうぜ? ガキ同士のケンカじゃねえか」


 ユンファさんが、顔をしかめて言った。


ナディアママが、静かに言った。


「うちの娘が、乱暴を働き、誠に申し訳ございません。全てのケジメは……」


「やめろよ。アンタ、ちょっとやり過ぎだし、言い過ぎだぜ……厳しくしたらいいってもんじゃねえだろがよ?」


「……当家の躾が、至りませんでした」


「おい……?」


 取り合おうとしないママに、

 ユンファさんの声が険を帯びた。

 

 ナディアママの眼も、口調に反して、冷たい光を帯び始める。


 ぼくは、マジで血の気が引いた。


 両家の戦争にまでいくのかよ!?


 なんで?


 そりゃ、ぼくらが、軽はずみだったかもしれないけど……


 なんでここまでの事になるんだよ!?

 

「あなた達、馬鹿なの? まず、二人を病院にでしょ?」


 立ち上がった、京子叔母さんが、声に怒りをにじませた。


 いや違う。


 声だけじゃない。


 いつもゆるふわな表情も、今まで、見た事が無いくらい険しい。


「あなた達なんかに、任せられない。わたしが、二人を病院に連れていきます。ユンファ、私達を病院の前で降ろしたら、消えて」


 ナディアママが、無言で頭を下げ、言った。


「ナディア、あなた、しばらく、帰って来なくていいわ。頭を冷やしなさい」


 娘を見送りもせず、背中を向けた。

 

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