鏡でチューの練習をした事がある奴、前に出てください
「・・・え?」
空調のきいた、照明の落ちてる部屋で、僕は目を覚ました。
沈み込みそうなくらい、ふかふかのソファから上半身を起こした僕は、そこが、リーファのマンションだって気付くのに、10秒かかった。
10畳くらいある、シックなカンジの、だだっ広い洋室にいるのは僕一人。
クリスタルの置時計は、23:35を指してる。
「・・・やべ」
掛けられてた、タオルケットをはがし、毛足の長い絨毯の上を歩いて、ドアに向かう。
相棒の力になりたい、からのガン寝ムーブ……
ぼくは、恥ずかしさのあまり、自分に言い訳をはじめた。
みんなも、やるよね?
誰も聞いてないのに、必死で自分を説得するアレ。
「……いや。だって疲れてたし、ホラ、タクシーの中ってなんか、眠くなるじゃん? ナディアなんか、ケガ引きずってリーファのために来てるけど、ぼくも、腕、痛い気がするし」
……で、そういう時って、なんか、独り言オジサン化しない?
するよね?
「ベルさん、キショい」
「うわあっ!?」
耳もとで声がして、ぼくは飛び上がってしまった。
「カ、カレン!? いつの間に?」
「いや、ずっといたし」
「マジで?……忍者かよ」
とっさにカレンって、ハンネで呼んじゃったけど、ジャスミンは、薄暗がりの中、肩がずり落ちかけた、ダボダボのTシャツを着て、半目でぼくを見上げていた。
リーファと同じ香りがする。
風呂入ったのか。
「じろじろ見ても無駄。パンツは、はいてるし、ノーブラだけど、そもそも、それほど無い」
「いらんぞ、そんな情報?」
「…残念だったな!」
「人の話は聞こうか?……それより、みんなは?」
「最初にそれを聞きなよ。パンツの話してる場合じゃないでしょ……使えない」
「……この右手が、勝手に暴れ出さないうちに、質問に答えろ?」
「クララさんは、京子さんと病院」
「え!なんで!?」
「膝と手首。病院で、クララさんのママと合流」
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だったら、病院に連れて行かないでしょ……脳みそ、|Game&watch並にペラペラなんですね……痛い」
「この、アイアンクローは、暴力じゃない……愛だ」
僕の目は血走っていたと思う。
「クララさんの顔色が優れなかったから、京子さんが、ほぼ無理やり連行したカンジです。リーファねえねの、『行って。連絡するから』が決め手。さすが、ねえね」
なに、そのベタボメ。
ぼくは、ジャスミンの小さな顔を掴むのをやめた。髪とかほつれたのに、自分の顔を撫でもしないのが、またムカつく。
サトシ、よく、こんなナマイキな生き物と暮らしてるな? lineでクレームいれてやる。
「そういう訳で、今は、リーファねえねと、ベルさんと、私だけ。カレンの純潔ピンチ……痛い」
「リーファは?」
今度のアイアンクローは、もう少し力が入ってたかもしれない。
「何で、最初にそれを、聞かないかな? デュエルマット、家用のやつは、ごちうさか、東方にしてるって言いふらしますよ?……そろそろ痛いですゴメンナサイ、ねえねは、風呂場に閉じこもってます」
「え!?」
「私が、ここにいた理由です……多分……ベルさんを待ってます」
ぼくは、カレンの顔から手を離した。
少し悲しそうな眼差しを、唯一の光源、机の上のランプが照らす。
ぼくが口を開くより早く、聞きたいことを答えてきた。
「私じゃ、開けてくれません。そもそも、今日会ったばっかりの、私なんかに、何か言えるわけ無いから、ベルさん達を巻き込んだんです」
言葉を失うぼく。
リーファん家に来たいって言ったのは……そこまで読んでの行動だったんだ。
「ベルさん。そもそも、ねえねはの両親は、ここに住んでるんですか?……ホラ、『え、そこから?』って顔したでしょ。私、ねえねの事、何も知らない……気軽に聞けることじゃないし」
ジャスミンは、悔しそうに俯いた。
「誰が一番、ねえねとの付き合いが、長いのかも分からない。わからない。わからない事しかない……私は助けてもらったのに」
「ジャスミン……」
「なのに、ベルさんは……エロいこと考えながら、マヌケヅラで、爆睡してて……顔の上に座ってやろうかって思ったけど……喜ぶだけだろうし」
「ジャスミン……キツく聞こえたらゴメン………死ね」
ジャスミンは、顔を上げ、ぼくを潤んだ瞳で見つめる。
「私じゃ、だめなんです。ベルさん……リーファさんと京子さんの関係……微妙なんですよね? 私とモメた時の、ねえねと京子さんの会話で分かりました。ねえね、きっと後悔…」
「任せろ」
ジャスミンが、哀しそうに、言葉をとぎらせた。
「任せろ。あいつは、幼稚園からの相棒なんだ。お互いの事は、誰よりも知ってるぜ?」
ジャスミンは、小さく笑った。
「にいにと、沙菜みたい……ホント似てる」
金髪のオカッパは、真剣な顔で言った。
「行ってください。私の代わりに。
必ず、助けてあげて。失敗したら、女装して、鏡にキスしてたって言いふらしますよ?」
生まれてはじめて、ぼくは、女子の頭をグーで殴った。