忠臣蔵と、月刊りぼん 〜かつて、婚姻届が付録に付いてたのをキミは知ってるか〜
「……でね、東京に引っ越したそいつが、小学校の、卒業式のためだけに、田舎に戻って来たわけです。
都会感出すために、アニキのスーツ着て、新幹線で帰省したんすよ?忠臣蔵かよ、ってぐらい裾とか引きずってネ! もう、殿中でゴザル!」
「ぬはははは、あはははは、お、おねがい、やめて!」
復活したドラえもん姿で、容赦なくナディアママの腹筋をエグるサトシ。
会場で、ナディアママが、『私なら笑わない』って断言した事を、ナディアから聞いたサトシが、
「……なん……だと」
と呟き、ぼくら小学生全員が、顎をしゃくって、『Go』サインを出したんだ。
保護者3人。
ぼくの父さんも、2次被害を受けて、和室の土壁に縋って笑っている。
京子叔母さんは、このままじゃヤバイって言って、爆笑しながら廊下に逃げた。
畳に手を付き、全身を揺すって涙を流す、ナディアママ。
ハンティングモードに入っている、サトシの眼が光る。
ナディアママを、集中攻撃すると決めたサトシは容赦なかった。
トトト、とナディアママの視界に移動すると、
いい笑顔で、ペンギンポーズのまま、爪先を、トン、と畳に立てる。
ただ、それだけなのに、ナディアママにクリティカルヒットした。
「ぐはっ……げほっげほっ、や……やめ、よ、ヨシヒコ、ざん」
なんか、命乞いしてるママ。
ぼくの父さんも、笑い過ぎて吐きそうになってる。
……ここまで来たら、笑いって暴力だよな。
あれから、部屋に戻ったぼくらの、泣き腫らした眼に気づかないふりしてくれた、みんな。
サトシは、今日見た中で、一番いい顔だ。
ところで、今、紹介した、保護者3人。
1人足りないだろ?
沙菜のお兄さん、コウタさんは泣きながらビールを飲んでいた。
リーファに背中を押された、ジャスミンが、顔を赤くしながら、「コウタ兄ちゃん、今までゴメンナサイ。いっつもありがとう」って言いながら、慣れないお酌をしたもんだから。
曇ったメガネを拭きながら、涙を流す。
「ジ、ジャスミンが、ありがとうって……やっと、素直に……同じ感動、沙菜が、月刊りぼんの付録についてた、婚姻届に、サ……おぐっ」
影の様に兄のバックを獲った沙菜が、その口をハンカチで塞いで落とす。
「……同時に頸動脈を!……やる!」
それを見た父さんが、一気に酔いがさめたような顔で呟く。
コウタさんの言葉の何に反応したのか、満足気にママを見下ろしていたナディアと、膝にジャスミンを寝そべらしたリーファの眼が、キュピーンと光った。
「え、何? 離しよし」
そう抵抗する、沙菜を、ナディアとリーファが、部屋の隅に連行する。
二人に挟まれて、ボソボソと何か、詰められてる沙菜達の後ろ姿。
え、違うて、そんなん、ちゃうて
漏れてくる、沙菜の否定。
再び、ボソボソボソ。
段々、下がって行く沙菜の頭。
耳まで赤くして、沙菜は呟く。
……まあ
黄色い悲鳴を上げる、ナディアとリーファ。
四つん這いで近づいていく、替え玉メグと、働くロシア人、オリガ。
人だかりに埋もれる沙菜。
何故かむくれて近づかない、ジャスミン。
見守るぼくと、気を失って突っ伏す、コウタさん。
キャーと、再び叫ぶ女子たち。
「ん、なんや?」
KOされ、畳に転がっているナディアママから、目を移すドラえもん・サトシ。
良い顔で、ぼくと片手同士を打ち鳴らすと、叫んだ。
「母さん、お茶!」
また、黄色い悲鳴が上がる女子の群れから、赤い顔の沙菜が弾き出される。
「ちょ、誰が母さんやねん、もう……熱いのんでええね?」
メグが眼をキラキラさせながら言った。
「あたりまえみたいに、好みを……メグ憧れますぅ」
「……沙菜、あれさえなければ」
半目で呟くジャスミン。
長い髪を、赤くなってる耳にかけた沙菜は、女子たちがニヨニヨ見つめる中、急須から茶を注ぐ。
エラソーに、あぐらをかいて湯呑みに茶を受けるサトシに、オリガが尋ねた。
「仲イイね、オフタリサン?」
「良く聞いてくれた! 幼稚園以来の付き合いでな…… 熱っ! 母さん、手が震えてるぞ、何してる! おお、熱……男女を越えた、ずっと友達、ズッ友って奴や……あづづ! 溢れとるって! 違うわ、手首に注いどるやんけ! アカン、シャレならんって? 何やねん、オマエ!?」
静まり返る、女子たち。
俯いて震える沙菜は、サトシの肘の辺りまで、茶を注いでいる。
三日月の様に口許を吊り上げた、ジャスミンの笑顔を見て、何となく、三人の関係を察したよ。
ぼくくらい、空気に敏感な男じゃないと、見逃してたね?
ニブイサトシ、もどかしい、沙菜、兄を盗られたくないジャスミン。
やれやれだぜ。
ぼくは、熱湯をかけられ、踊るサトシを真顔で見ている、女子たちに言った。
「ったく……ニブイよなあ、アイツ……え?」
氷点下まで、下がった、室温。
感情のない眼で、ぼくを見つめる、女子、全員。
もう、メグも、ジャスミンも、ナディアママも。
え、何だよ?
グラスのビールを煽った父さんが、コップを、漆塗りのテーブルに音を立てて置くと、宣言した。
「……ヤッちゃって下さい」
数分後、ボロ雑巾の様になって転がる、サトシとぼくの耳に、廊下から戻って来たらしい、京子叔母さんの声が届いた。
「リーファ、ちょっといい?」