オレンジ色の告解
夜明けの逆、沈んでいく太陽。
太陽が目を閉じていくみたいな、終わっていくだいだい色に、ジャスミンの頬の涙が輝く。
頼りないくらい、細い体の半分が、発光してるみたいに眩しかった。
それを離れて見守る、リーファの姿。
セミの声が幻想的で、夢を見てるみたいだった。
ししおどしのカコーンっていう音に、目を覚ましたみたいに、サトシは慌てて顔を拭う。
「お、おう、ツチノコと戦ってただけや、心配すんな」
心配だわ。
立ち上がって、無理やり笑って言った。
「沙菜、行こか。タコ糸と、エサのフナムシもろてから……」
「にいに」
ジャスミンの、叱られに来たみたいな、泣き顔を見て、サトシは、ごまかすのをあきらめた。
まるで、サトシの方が、叱られるのを待つみたいな顔で、うつむく。
「にいに……カレンね、自分の名前嫌いって、ずっと言ってたよね? 日本じゃ、目立つから」
辛そうなサトシ。沙菜は、それに寄り添うように、立っている。
「だから、ジャスミンじゃなくて、カレン。ずっとそれで通してた。『私の国では、名前が2つあるのが普通』とか、ごまかして……」
ジャスミンは、涙を流しながらも、冷静だった。
そんな事は何でもないって言うように。
「ここに来る前、ママに何度も言われた。『目立たない事。みんなの真似をする事。困った時は、笑ったらいい』……目立たないのは、無理だよね、見た目がこれだもん。キツかったのはさ」
うつむいた、ジャスミンの足もとに、ぽた、と涙が落ちた。
「みんなに、『アメリカから来たの?それともイギリス?』って聞かれること。イランって言った途端……えーって言われて。何か、悪いのかな、イラン」
誰も何も言わない。答えられない。
「キレたりはしなかったけど……色々疲れちゃって。特に」
床に落ちる水滴の数が増えた。
「楽しくもないのに、笑うのが」
うつむいたサトシの拳が震える。
「ある日から、笑うのやめたの。最初からそうしてれば、キャラで済んだかもだけど……去年から、京都で、にいにと暮らし始めるために転校して、同じ失敗はしないようにした。つまり……最初からボッチを選んだ」
サトシの足もとに、雨が降り始めた。
小雨じゃなかった。
ジャスミンの静かなカムアウトは続く。
「はじめて会った時から、にいには優しかった。どうしようもないバカ親父に『お前ら兄妹だから、仲良く暮らせ』って突然言われた時は、ぶっ殺してやろうって思ったけど……さ。沙菜も、なんだかんだ言いながら、私の好きな物作ってくれたり……優しくしてくれて」
「ジャスミン……」
沙菜が呆然と呟く。まるで。
はじめて感謝されたかの様に。
ジャスミンのしゃくり上げるスピードが速くなった。
多分……
大事なことを言うんだ。
一番辛いことを。
「にいに、笑わない私を、笑わそうって、必死だった。コウタさんは、『妹はスマ界隈には触れさせない、サトも受験だから、やめとけ』って言ってたのに……私の為に二人とも……で、思ったの」
僕達の見つめる中、ジャスミンは、みっともなく泣きながら、何度も失敗して……
言った。
「私が笑ったら、もう、二人とも、構ってくれないんじゃないかって」
「ばっ……」
サトシが、言葉を無くす程の驚きを見せた。
沙菜は固まってから、大股で、ジャスミンに迫る。
顔を真っ赤にして、沙菜は右手を振りかぶった。
殴られそうになっても、ただ、泣きじゃくるジャスミンを。
………。
その手は、振り下ろされることなく。
代わりに。
その、細い体を抱き寄せた。
「アンタはホンマにアホやねぇ」
「ごべんなざい……ごべんなざい……にいに、沙菜」
リーファが、目許を拭うのが見えた。
「自分のことばっかりで、ごべんなざい」
声を上げて泣き出したぼくらの間を、少しだけ涼しくなった風が通り過ぎた。