スマブラって、サイテーだ
「あー、ベタベタと、うっとうしい! オラァッ」
大阪市内なのに、バカでかい日本庭園が中にある、ガンコ寿司。
その大広間で、食べてる時もリーファの肩に顎をのせて来る、ジャスミン。
畳の上に投げ飛ばし、リーファはそのワキをくすぐる。
「にゃははははは!んはははははは!」
リーファに、かまってもらえるのが、嬉しくて仕方なさそうだ。
足をバタつかせて笑うジャスミンを、呆然と眺めるサトシ達。
サトシは、俯いて立ち上がると、早足でトイレの方向に去った。
慌てて追う、眼鏡っ娘のミュウツー使い、沙菜。
隣に座っている、サトシの保護者が、すすめられた、ビールを飲みながら、ポツリと言った。
「サトシ……嬉しい反面、ショックだったと思うよ。自分達がどう頑張っても出来なかった事を、今日、会ったばかりの同級生が、あっさりやってのけたんだから」
「……それは……たまたまなんです。リーファも笑わないから」
「そう……なのかい? 彼女、ステージで、大笑いしてたから」
「サトシが反則なんです。あんな、リーファ、ほとんど見たことない」
そのリーファは、ナディアと一緒に、今度はメグをひっくり返して、くすぐり倒していた。
メグ、死ぬんじゃないかって言うくらい、のたうち回っている。いつかのオリガを思い出すよ。
そのオリガは、仕事中。
オスマン叔父さんと、line。
ナマモノは苦手なのか、火の通ったほっけが彼女の目の前におかれてる。
……なんか、人の食べてるものは、美味しそうに見えるんだよね。ぼくも頼もうかな?
「……ダカラぁ、送迎バスモ、帰りのタクシーモ、リザーブしたから、これでイイノ! ネクストマッチ、オールジャパン・ウィナーに、ナッタトキニ、ホテルデモ、貸しキリシロヨ!……お館サンは? ウカレテ、デンワしまくってる? マタ、3日クライ、お祭りスンノ?」
日本語で話してるってことは、オスマン叔父さんじゃないのか?
・・・そうか、例の日本に住んでる通訳の人か。
日本での手配は、全部あの人が窓口なんだな。納得。
僕の隣に座ってる、京子さんも、寂しそうに言った。
「私も、決勝だけ見たんだけど、驚いちゃった。何年も一緒に暮らしてるのに……リーファがあんなに笑うところ、見たことない」
「そうなん……ですか。参ったな、うちのジャスミンだけかと思ってたのに」
サトシたち、どんな関係なんだろう?
複雑な事情とかあったらと思うと……聞いてもいいもんだろうか?
「あの……」
ぼくが、言いにくそうにしてるのを察したのか、眼鏡の大学生は、アッサリ言った。
「ん?……ああ、そうか。説明して無かったね。
ジャスミンは、サトシの妹なんだ。お母さんは違うらしいけど。沙菜は、ぼくの妹で、サトシの幼馴染」
「え、妹!?」
サムライとブロンドって言葉が、あたまをよぎる。
「詳しい事はサトシに聞いてもらえたら、うれしい……アイツラ遅いな」
「あ、ぼく見てきます」
日本庭園の四方を、四つの和室と板張りの廊下が囲んでいる。だいぶ傾いたオレンジ色の太陽が、灯籠を照らしていた。
竹に水がチョロチョロ入って、カコーンって言うやつ……思い出した、シシオドシだ……のための小さな池には透明な水が張られてる。
そのうちの、明かりのついてない部屋の前で、サトシが、座り込んでいた。
横には沙菜。
近づいて、ぼくは言った。
「サトシ、来ないの?」
ノロノロ顔を上げた同級生は、力なく謝った。
「……スマン、少ししたら行くわ」
沙菜は顔を上げない。
しばらく、少し元気の無い、蝉たちの声と、
ぼくらの部屋から漏れてくる、笑い声に耳をすませる。
「……リーファが、あんなに笑うところ、見た記憶が無いよ。サトシ、すごいな」
サトシが、もう一度僕を見る。
「あの、ゆるふわウェーブの人、リーファと一緒に住んでるんだけど、同じ事言ってた」
サトシが、力無く笑って言った。
「マジか。なんか……それこそ笑えるよな」
「それな。でさ」
僕は、サトシから目をそらして言った。
「アイツ、幼稚園の頃からの相棒だけど、何で笑わないか、知らないんだ」
サトシも目をそらす気配。
「まわりは、たまったもんやないよねぇ」
沙菜が、ため息をつく。
「凛、俺ら、メッチャ似とるよな」
「だよな……なあ、サトシ。ジャスミンなら、リーファの笑わない理由わかるのかな?」
「……どやろね。ただ、あの娘が、人に懐くとこ見たんはじめてやわ」
「俺……」
サトシが続ける。
「兄貴やから……なんとかせにゃ、思うて……あんな見た目やから、クラスでも浮いてるらしくて……ずっと、ボッチで……」
サトシの声が震えはじめた。
ぼくは、歯を食いしばり、足許を見つめた。
……なんて疲れる日だろう?
でも……聞くんだ、最後まで。
「こうしてても……配信でコイツラが、叩かれてへんか心配で……怖くて観れへんのに……あんな事して」
サトシが、決壊した。
「負けるなんて、思うてへんかったから!」
すすり泣くサトシの背中を、寄り添うように、沙菜が撫でる。
ぼくは、空を見上げた。
かけられる言葉は……無い。
ぼくは、さっき叩きのめしたチームを、ここに誘った自分の無神経さを、心底呪った。
自分に置き換えてみろよ。
悔しくないわけねーだろ、ボケ。
鼻の奥が痛くなって、夕方の空が歪んだ。
泣いてない。
泣いてない。
……スマブラ、サイテーだな。
ここまで、スマブラが嫌になった事は、はじめてだと思う。
オリガとの五先も辛かったけど……マジキツイよ。
達成感とか、優勝した興奮が、全部、涙と一緒に流れていく。
僕達の、すすり泣きが響く中。
華奢な女の子が、そっと背中から、声をかけて来るまで、ぼくらは、その存在に気づかなかった。
「……にいに?」