せやね
ナディアの叫び声に、ぼくらはあわてて、廊下になだれこんだ。
そこで僕らが見たのは。
薄暗い廊下で、背中をこちらに向けたリーファ、その前に立ちはだかる、カレン。
ベンチには、カレンと同じチーム、バーニング・お嬢様部のサトシとアケミ(37)、そして、その保護者らしいおニイさんが座っていた。
みんな、驚いたように、リーファ達を見上げている。
違った。
カレンだけ、頭一つ高いリーファに、ハッキリと敵意を持った視線を向けている。
リーファが尖った声で言った。
「どいてよ。そっちの、ドラえもんに用があるの。アンタじゃない」
「私が聞く。長くなければ」
リーファの、エアグルーヴ姿の背中に力が入るのが分かった。
一瞬だけ。
すぐに、力を抜いて、自分を見上げる、サトシを責めた。
「アンタ、何であんなズルしたのさ? 強いクセに」
ゴルゴ眉は外してるけど、まだ、ドラえもん姿のサトシ。
胸を押さえ、見るからに、疲れ切っている。
「……せやな、スマンかった」
リーファが言葉に詰まる。
アッサリ謝られるとは思ってなかったんだろう。
……微妙な間。
カレンが言った。
「にいにが、笑わせたのは、バーストした時と、させた時だったと思うけど?」
ベレー帽をくるくる回しながらソッポ向いた、オカッパの反論は、むしろ、リーファには救いだったろう。
心配して、覗きに来たスタッフは、ナディアママが、大丈夫です、と笑いかけると頷いて去った。
「あんなの、後引くに決まってるじゃん」
「アリス、もう、ええて」
「良くない。クララ、アンタのあんな負け方、納得いかないよ……アンタ、めちゃめちゃスマブラ強いじゃない。そんな、フザケた格好して、何がしたかったの?」
「リー、言い過ぎじゃ」
カレンが、ロボットの様に、ゆっくりリーファに向き直った。
「アンタ達こそ、そんなフザケたカッコで、何がしたかったの?」
マズい。
次のリーファの行動が読めた。
ナディアの顔にも緊張が走る。
リーファが一歩踏みだした。
止めようとする、僕とナディア。
……リーファが、バックステップで、首を反らした鼻先を、カレンの爪先が薙いだ。
「………!」
ぼくの頭が空っぽになって、それから事の重大さに気づき、全身が、ビリビリとしびれる。
真半身で、隙なく構えたカレンが、固い声で言った。
「近づくな。今のは警告」
さっきまでの眠そうな眼が、今は闘気を放射して、輝いてる。
僕のそばまで下がった、リーファの見開いた眼が、狂気に近い光を帯びる。
「いいねェ、今度はリアルファイト?」
ウイッグを捨て、水滴を切るように両手を振る、リーファ。
組技系のファイターが試合中によくやる、ストレッチ。
「昔のゲーセンじゃん……死んでから後悔しな」
腕を高くかざした、ムエタイのアップライトスタイルで、スルスルと近づくリーファ。
僕にはわかる。そこから、タックルに行くつもりだ。
ぼくは、リーファに飛びかかろうとした。
二人の名を、誰かと、誰かが同時に叫んだ。
同時に、後頭部をはたかれる二人。
「「失礼しました」」
京子叔母さんと、サトシが、リーファと、カレンの後頭部を掴んで、頭を下げさせた。
自分達も深々とお辞儀する。
リーファが、その手を払いのけようとした。
「さわんな、保護者ヅラやめてよ!」
京子叔母さんは、びくともしない。
ウソだろ?あんなに細いのに。
ゆるふわな、お姉さんは、平静な声で言った。
「保護者ヅラじゃなくて、保護者なの。お互いツイてないけどね」
リーファが大人しくなった。
暴れるカレンの頭を押さえる、サトシ。
「何考えとる、カレン? 負けた腹いせか?」
「違う! にいには、悪くない!」
「お前が更に悪者にしとんねん、アホか!」
カレンも、大人しくなった。
サトシのチームの、保護者のお兄さんも、慌てて謝罪している。
後ろにいた、僕のお父さんが、いきなりガハハと笑った。
「いやあ、リーファちゃんもカレンちゃんも、元気ええな!……あ、スタッフさん、この子らスマブラ仲間なんですわ。お互いじゃれあっとんです……スンマセン」
納得いかなさそうに、スタッフの人が去った。
「サト、カレンうるさいで?」
気まずい間を破って、モメてる間も俯いてた、アケミ(37)が、ボヤいた。
……彼女、全く違う人間みたいだ。
今までのイメージなら、真っ先に止めに入るハズなのに。
ダウン系の雰囲気のまま、眼鏡の少女は、リーファの方を見ずにいった。
「そこのウマ娘さん。サトもやり過ぎやけど、コスプレ始めたんそっちやないの? そっちのカッコ見て、サトが『アリ』や思うたからこないなってんで?」
リーファが、アケミ(37)の変わりっぷりに戸惑いながらも、言い返す。
「確かにそうだね。でも、笑わせるのは違くない?」
アケミ(37)は、ゆっくりと、顔を上げ呟く。
「せやね」
感情の消えた眼でリーファを見据え、無感動に言い放った。
「選手、すり替わるくらいには、ちゃうかもね?」