忘れられてたヒーロー達
「……ですから、10月の全国大会決勝の前日には、京都のホテルに宿泊して頂きます」
熱心に説明してくれる、男性スタッフ。
僕らは、いわば、『楽屋』にいた。
ステージ裏の、教室の半分以下のスペース、スチール棚に配信機材が、ぎゅうぎゅう詰めで並び、コードが滝みたいに、流れている。
スタッフや、進行のレイお姉さんが当たり前に、行き来する中、僕らは大阪代表としての注意事項を説明されていた。
全国大会・会場は京都。
宿泊場所も交通費も用意してもらえる。
ぼくらは小学生だから、保護者の分も一緒に、だ。
そんな訳だから、『各自の保護者の出席が望ましい』んだ。
ナディアママと、走ってきて、息を切らしている僕の父さん、リーファと一緒に暮らしている叔母の京子さん(24)が揃い踏み。
父さんは、ウマ娘になってしまった僕をちらっと見ただけで、「やったやんけ」としか、言わなかった。
微笑んでる、ナディアママ、包帯と絆創膏だらけの父さん、二人とも、嬉しそうなんだけど……
笑ってしまったのは、京子おばさん。
目の前で起こっていることが信じられず、途方に暮れているカンジだった。
「お分かりですか?選手の怪我が一番困るんです。我々としては、早く手元に囲い込みたい、じゃないとコントロール出来ない訳です」
話を聞いてる内に、なんだか、自分達が、重要人物に思えて来た。
……でも、そうだよね、全国大会の為に、超大企業と、物凄いお金が動いてて、
『福岡代表』『京都代表』『大阪代表』『名古屋代表』『東京代表』『札幌代表』
の6チームの内の一つが僕らだ。
責任感はもたなくちゃ。
ワクワクして来た。堂々と、レスリング休めるよな、これ?
ちなみに、京都代表決定戦は、10月の全国大会の前日に行われる。
まだ、申し込み可能だから、サトシ達のチームが、抽選の申請をすれば、可能性はある。
出てほしいような、出てほしくない様な……
ただ、このままお別れはヤダな。
さっき、廊下で、予備のチームとしての説明をスタッフから、受けてたけど、お互い視線をかわさなかった。
うさ山さん達、引き止めといて欲しいな、最悪、ツイッターのアカウントだけでも、知りたい。
書類を貰って、解散。
京子さんが、うんざりしたようにスマホに喋ってる。
「……おじさん、しつこいってば。優勝したから、私がここで説明聞いたんでしょ?……いや、リーファちゃん、忙しそうだし……おじさんの事?んー、特に何にも。用事があればこちらからかけるから、じゃ」
ため息をついてる京子さんと目が合う。
「大変ですね。わかります」
眼鏡の向こうの目を細めて、京子さんが、笑いながら言った。
「そーなのよ。叔父さん、親バカだから、めっちゃ浮かれてて……周りの人、被害うけまくりだろーな……」
上機嫌に話している、ナディアママと、ぼくの父さんをみつめながら、しみじみと言った。
「リーファちゃん、『優勝してくる』って言って、朝出かけて……ホントに優勝するとはね」
「リーファんちで、練習させてもらったお陰です。これからもお願いします」
「こちらこそ。けど、林堂くん、その格好で全国出るの?」
マスクは、外してるけど、ウイッグは外せなかったので、早く着替えたい。
けど……表のスマ勢達や、サトシ達にカムアウトする訳だろ?
それを考えるとな……
後、万が一の事を考えると、高速で警察に見られた時の服は着たくないってのもあるし……
「……今は考えたくないです」
京子さんが笑った。ゆるふわのロングヘアーに似合う笑顔だった。
「そうね、ごめんなさい……いくらか経緯は聞いてるけど、ナディアさん母娘、病院行かなくちゃ。土曜だから、休日診療所探しかないけど」
そうだ、ナディア、足引きずってるし、ナディアママも、こめかみから血が出てた。
あの、大男の事を思い出して、気が重くなったし、ナディアパパも……今は、やっぱり怖い。
「あ」
ぼくの脳みそが、忘れていた事を思い出した。
皆が振り向く。
「りょうちん! 忘れてた、礼言わないと!」
ナディアと、リーファが目を見開く。
「そうだ、忘れてた、あの後ろ髪なが夫。会場には、居なかったよ……ごめん、ちょっと行かなきゃ」
「あのブサイクには、ママを助けてもらったからの、スマブラはクソじゃったけんど……リー、どこ行くんじゃ?」
……キミタチ、感謝してる?
まあ、最初の態度は、散々だったし、メグも泣かされた訳だから仕方ないか。
にしても……
りょうちんの、父さんのおかげで、大会続いた感あるし。
ママを助けるために、Switchとプロコンを壊した上に……スタッフさんに使った関ジャニチケットのワイロ、自腹だろ?
それで、なんも言わずに帰ったの?
全く……何なんだよ、イイヤツなのか、ヤナヤツなのか、わかんないよ。
「心配ないわ……必ず見つけます」
ナディアママが、静かに言った。
「香咲家は、恩を忘れないの」
僕が微笑んだその時。
「リー!?」
ナディアの叫び声が響いた。