第四章 パルテナと定規、ゲムヲとゼリー
林堂 凜
主人公。 小6、男。 任天堂Switch 大乱闘スマッシュブラザーズが学校一うまい。
香咲 ナディア=マフディー
小6、女。パキスタンと日本人のハーフ。主人公と同じ学校。
ジン
クラスメイト。男。クラスのリーダーで、優しい
佐竹
クラスメイト。女。クラスのボス。
鈴香
ナディアの姉。高校生。
2分毎にビーッとなるブザー音が、体育館の入口まで聞こえてきた。
ここは、僕の自宅から、自転車で20分程かかる市民体育館。
剣道や、バドミトン、色々な服装の人達で騒々しい。
体育館独特のマットと消毒液の匂いがして、ああ、今日も始まるのか、とげんなりする。
出来るだけ何も考えずに廊下を歩き、武道室1と書かれた部屋に入った。
途端に、明る過ぎる照明をはね返すオレンジと青のレスリングマットが視界いっぱいに広がる。
チームのシャツを着た20人近い小学生や幼稚園児達が、列になってコロコロとマット運動をしていた。
壁際でそれを見ている、保護者の1人が、僕を見て明るく声をかけてくる。
「おう、凛!遅いやない……」
僕は大きな声で、ちわー、とあいさつすると、途中で声を無くしたその保護者と、努めて目を合わさずに早足で、コーチの元に向かう。
僕に気づいた、かなり歳のヘッドコーチが大声で言った。
「なんや、凛おそいやんけ……その子誰や?」
僕が口を開くより早く、影のように付いてきていたピンクのマントフード姿が言った。
「アッサラーム、アライクム。林堂君の友人で香咲ナディアです。見学させて下さい」
僕は不満タラタラながらも頭を下げた。
どうしてこうなった?
僕は練習してるちびっ子達、何より保護者のママ達の好奇の視線を拒否して、マットの外、畳の上で、黙々とストレッチをする。
幼稚園児が、お姉ちゃんだれーと聞いてくるのに対し、頭を撫で、ナディア言うけ、よろしゅうの、と答える声を聞きつつ。
その時、部屋に入って来た女の子が僕を見つけて、走って来た。
短パンにチームTシャツ、緩いウェーブのかかったショートヘア。前髪を適当にゴムで上げた、無表情が手を振る。
「おっそい、サボリ」
畳の上を膝で滑ってきて、開脚してるところに、体当たりして来た。
「おまえこそ、トイレで時間稼いでたろ」
そいつは、顔を寄せてきて切れ長の目を細めた。これで笑ってるつもりだ。
「女子にトイレの話するなヘンタイ。ペア組も」
「顔近いって。もう、打ち込みか……大分遅れたなあ……ラッキー」
タックルの打ち込みなんかは、自由にペアをくむ。
大抵は体格を合わすから、相手はほぼ固定だ。
ぼくは、六年生のわりにチビで、今、僕のTシャツを引っ張るリーファは六年のわりに背が高いけど、経験年数から言えば妥当だろう。
僕の背中に無表情で、頭突きをしていたリーファは、スゴイ負のオーラをまき散らせている、ナディアに気づいて言った。
「凛、これ誰?」
ナディアは僕を突き飛ばすと、その場所に正座して言った。
「何すんだ、ナディア!」
「サラーム。林堂のペアでナディアいうけ、よろしゅうのう」
真顔で眺めていた、リーファが、口を開いた。
「ワライクムアッサラーム。凛の学校多民族だったな…スミマセーン、凛、早く来い」
コーチに叱りつけられ、リーファは、練習生の群れに駆け出した。
「やるのう、あの女。イスラムの作法知っとんか」
「ん? ああ、アイツんちも、わりと色々あるから」
「うるさい。ウチ、スケベと話す口もっちょらん」
「だったら聞くなよ!?何なんださっきから!」
そうなんだ。
ナディアのママが、
「ナディア、聖戦です」
「……やっぱり。ナディ、鈴が迎えにいくから。顔の腫れ隠さなきゃ……林堂、妹よろしく。」
の一言づつで、急に機嫌の悪くなったナディアをレスリングの練習に連れて行く事になった。
僕は、この習い事を極力内緒にしてる。
いい事なんか何にもないからだ。僕はかなり抵抗したけど、お姉さんに、
「見るだけ見るだけ。見とく必要あるんだよ。団体戦出場決まったら練習休めるよう、キミのお父さんにママが掛け合うから。優勝の為に」
とこれ以上ない魅力的な提案をされた。
レスリングが……休める。
うまく行けば……やめられる!
僕はなるほど、了解ですと即答して、今に至る。
手をケガする訳にはいかないもんね!
けど、道中ずっとふくれっ面で無言、なのに、信号待ちで常に視界に入って来ようとするナディアに、発狂寸前だった。
ギロリと僕を睨みナディアは言った。
「ウチにあげなこと言うた先からイチャイチャと……見下げたヘンタイじゃ」
「……は?」
「ウチがちょっと気持ちがフワフワしとるところをねろうて……大方あの、細目にも同じこと言うとるんじゃろ。ああ、ムカついてきた」
何言ってる?
「おい、日本語を喋れ?」
相手みつけろー、というコーチの言葉とともに、何人かの練習生がこっちに駆けてきた。
マットに擦れて耳が腫れないように、イヤーガードをつけ始める。
装着し終えたリーファが、
「凛、あーん」
「ん」
僕が開けた口にブレスケアを放り込んで、自分も一粒。
リーファは、何故かワナワナ震えるナディアを見た。
「世話が焼ける……幼稚園の頃はトイレの世話もしてたから、なれたけど」
と、何故か僕じゃなく、ナディアを155センチの高みから見下ろしながら言った。
「……林堂」
「んだよ……ほぐっ」
うまい棒のコンポタ味を僕の口に突っこんでナディアは静かに言った。
「うまかろ?よく味わいんちゃい……今、うちが一口味見したから間違いないけ」
僕は粉っぽさにむせ返る。
こいつ、ちょっとおかしいだろ?
流石にキレた僕は怒鳴りつけようと顔をあげ……固まった。
リーファとナディアが、上と下で瞬きもせずに睨み合ってる。
リーファは、氷のような、ナディアは炎のような表情で。
一体全体、今日はなんて日だ?
急かすようなビーッていうブザー音、そして、周りを囲んだ保護者がかじる、うまい棒のショリショリ音がうるさかった。