義務とてえてえ
「………おやおやおやおや」
リーファが、鎖がついたままの、鉄のスタンドをヨイショと手に取った。列を仕切るためのアレだ。
「……ほうほうほうほう」
ナディアが、電光掲示板の下に設置されてある、消火器を外す。
エモノを手にして、こちらを振り返った、ウマ娘達の眼が、前髪の陰で光った。
オリガが、更に僕を抱きしめ、一歩も引かない構えを見せる。
会場、もう、次の中高一貫大会に出場するスマ勢と、スタッフしかいない。
スタッフも、スマ勢に取り囲まれたぼくらが、まさかモメてるなんて思わないだろう。
ナディアママが、うまい棒をかじるのも忘れて、声をもらす。
「二人とも、いいチョイスだわ!」
「昼ドラでも、あんな生々しい凶器使いません!……てゆーか、さっきの額の傷、病院行かないと!」
メグのもっともなツッコミをヨソに、リーファが、地の底を這うような声を、絞り出す。
「眠れないくらい心配してたのに……眼ェ覚めないようにしちゃおうか、クララ?」
「そうじゃのう、裏切るのはキンパツ女と、冒険小説では決まっちょるのに、油断しとったワ……押さえつけて、チビるまでこちょばすか……スマ勢共に頼んで」
え、ヤダ、ホント? 捕まんないの?
……先方からお許しが出るなら、そりゃボク達としても。
テレテレ、オドオドしながらも、決して嫌そうではない、スマ勢を見て、ぞわわっと、ドン引きするオリガ。
それでも、僕を離さず、気丈に言った。
「ゼンブ、カクゴシテルモン。ワタシ、五先の賞品ダカラ言いなりネ」
ぼくは、不自由な体勢のまま、オイオイ、と言って小さく笑った。
リーファが、蒼白になった。
「凛……なんで、嫌がんないの?……え、何で?」
ナディアも消火器を落として、ガタガタ震え始めた。メグが慌てて、それを拾い、よっこらよっこら、元に戻すため、転がしていく。
「うちらが、同じ事やったら、すぐに逃げ出すはず……まさか……まさか」
うさ山さんが、ナディアママと、ショリショリうまい棒をかじりながらいった。
「え、娘さんピンチっぽいけど……いいんスか?」
「負ける方が悪いのです……嗚呼、ゾクゾクするわ」
「おおお、幼なじみなのに、私が一番つきあい長いのにズルい、おかしい、信じない、星座占いでも今日の乙女座は……」
え………リーファ、乙女座じゃなかったろ?
「そんなん、あかん!は、離れんちゃい、そんなん、フケツじゃ、先生に言うで!」
何か、涙目で訳のわからない事を、言い始めた二人を叱りつける。
「いい加減にしろ!……オリガ、もういいだろ。オリガは、バロチで大変な目にあったんだ。二人とも、元気づけてあげなきゃなのに、何言ってるんだよ」
チッ
……ん? オリガ今舌打ちした?
目で追いかける僕、ソッポを向くオリガ。
「……なんだ、義務か」
「そんなとこじゃろ。びっくりさせおって……あ、スタッフさん、呼んじょる。イコイコ」
あっという間に涙をを引っ込めたリーファ達は、何事も無かったかのように、スタスタ歩き始める。
「チガウ!リンは、ワタシとアッタカイ家庭を作るんだモン!」
「ハイハイ……ついて来んじゃないよ、関係者だけ。ベル、あーん」
「ん」
いつもの儀式で、ブレスケアをぼくの口に放り込む、リーファ。
ムキーッ
「うわ、オリガさん、キレたのび太のママみたいになってますよ……」
ぼくの替え玉から、マネジャーに昇格(?)したメグが、恐る恐る言った。
「ベル、おでこ出しんさい……ちょっと熱い……喉も。今日はゆっくり休みんちゃい」
「コロス!!」
「オリガさん、どうどう! なんでみんな、こんなに血の気多いんですか!?」
メグ、マジそれな。
スマ勢達が、んふーと、幸せそうにため息をつく。
「ユリゆりが、尊い……」
「本来、モテるスマブラーなど、万死に値するが……男の娘なら話は別……」
「むしろ、一番カワイイ説すら、ある」
僕は、悪寒を感じつつ、速歩でその場を後にした。