オマエさ
「くっそう、あの、よっちゃんイカめェ……一発カマさんと気ィすまんわ……」
ナディアが、リーファに支えられながら、足を引きずり、退場する。
って言っても、1段低い観客席に、直接降りるだけだ。
「ナディア、試合中に何事です!」
観客席で、ナディアママが、厳しい顔で待っていた。
周りの観客が、ちょっと身を引き、祝おうと、笑顔で近づいて来てたスマ勢も立ち止まった。
「ママ、ウチも笑いとおて、ワロタ訳やないん……」
「言い訳しない!……集中力の問題です。相手チームにも、チームメイトにも失礼だわ。ママなら、どんな事があっても……」
「失礼」
影のように、ナディアママのサイドをとったうさ山さんが、そらした手の甲で口許を隠し、何かをコソコソと囁く。
ナディアママが、いきなり天井を向き、口を開け、舌でほっぺを、内側からレロレロする。
あれだ。全然ごまかせてないけど、笑いを誤魔化そうとしてるヤツだ。
ナディアが半目で問う。
「ママ、どしたん?『ママならどんな事があっても……』の続きは?」
「……済んだことは仕方ないわ。そんな事より、次の試合が始まるわよ!」
リーファが無表情で言った。
「………ぷっぷー」
げほっごほっ
顔をそらしてむせる、ナディアママに興味を失った僕らは、ステージに向き直って座った。
疲れた。さすがに疲れた。
あまりにも色々あり過ぎて、パキスタンのでの事が、遠く感じる。
ハチマキマスクも慣れてきたけど、ウイッグがホント蒸れる。
「ベル、足閉じな」
「……あ」
リーファに言われ、僕は、だらしなくあぐらを書いてる自分に気づいた。ノロノロと膝を重ねた。幼稚園のころ、『お母さん座り』って教えられたアレだ。
うさ山さんが横に来る。
「オツカレ……あの、サトシ達、何者?オンでもオフでも聞いたことないよ?」
「僕の方こそ聞きたいですよ、うさ山さん」
「ワンチャン、関西勢じゃ無いかもしんないね。あれだけの猛者、名前売れてて当然なんだけど……別名義で活動してるのかな?」
スマブラの世界で顔の広いうさ山さんが知らないなら、僕らにわかるはずもなく。
「まあ、今更だよね、ベルくん……あ、ありがとうございます!」
ナディアママが、スポーツドリンクを配ってくれる。僕らには、常温の水。万が一にもお腹を壊さない気遣いがうれしい。
司会のレイさんが、明るく言った。
「さあ、意気込みを語ってくれるのは?」
「はい!……頑張って勝てるように、ガンバリマス!」
「はい、頑張ってください!……それでは、席の方へどうぞ」
泣きはらした目のアケミ(37)が、予め打ち合わせてた様に叫ぶと、進行のレイさんが、にこやかかつ、瞬きしない笑顔で答え、さっさと問題チームのターンを終了させた。
口許をへの字にして、むっつり立っていたサトシ、相変わらず、ぼーっとして、何考えてるのか分からないカレンも、指示通り席に向かう。
相手チームの一言も終え、第一戦目。
僕らは、サトシがえらぶキャラを見守る。
『カズゥゥゥヤ』
!?
僕は驚きを、顔に出さないように努力した。
うまく行ったかどうかはわかんないけど。
カズヤは、僕がさっき使った、ルイージと同じで、一回触られたら、フィニッシュまで持ってく即死コンを備えたキャラだ。
しかも、ルイージよりは出しやすい。
技の発生は遅いけど。
「ちょっと、これってまさか……」
試合が始まった
相手は、ガノン。
おなじみ、キッズ御用達のパワーファイターだけど、さすがに、準決勝まで来るだけあってうまい。
でも、ナディアには及ばない。
………と言う事は。
「あ!」
うさ山さんが叫んだ。
相手のガノンを、崖端で床に叩き付け、
『せりゃあ!』
浮いたところを、下スマワンパンで、奈落に叩き落とした。
カズヤはノーダメージ。
『3-2』
復帰台から降りてきたガノンは慎重に二段ゲリで近づいてくるけど……
浮かんじゃだめだ。
アッパーから、カズヤの決め技、最速風神拳を叩き込まれ、大ダメージを喰らうガノン。
そのまま、掴んで頭突き、最速風神拳、ジャンプパンチで叩き落とされ、締めに、最速風神拳。
これで、『3-1』
「これ……間違いないね」
うさ山さんが呟く。
僕も、体の力が抜けるような圧力を感じた。
ガノンの切り札をやすやすとかわして、同じことの繰り返し。
最後は崖外に、地獄門蹴りで叩きだされてゲームセット。
喰らったダメージは、アシストフィギュアによる30%のみ。
呆然としている相手を残して、立ち上がるサトシ。
真っ直ぐに僕を見た。
うさ山さんの半笑いの声。
「これ、ベル君に対する挑戦でしょ?」
そうだ、僕のルイージの即死コンボへの回答だ。
僕はその視線をガッチリ受け止める。
アイツの鋭い眼しか、視界に入らない。
コイツ、フツーにしてたら、ホントに精悍な顔してるよな。
僕は、自分が笑ってるのに気付いた。
………オマエさ?
淋しかったろ?
強すぎて、学校で誰もスマブラの相手いないから、別ゲーばっかやらされたり、100%ハンデ戦+3体1とか、つまんない事にばっかり付き合わされて………
それでも、ブーブー言われたりさ?
仕方ないよな、オマエ強すぎだもん。
突然、いい顔で笑ったサトシ。
僕が女子だったら、ヤバかったんじゃないの、っていう笑顔。
………多分。
たぶん僕の気持が通じたんだろう。
なんで、ぼくが笑ったのかわかったんだろう。
お互い、友達を見つけた気分だ。
自分と同じくらい強いライバルを。
………でもさ。確かに、オマエつよいけど。
僕は笑顔で、呟いた。
「僕ほどじゃないだろ?」