ぷっぷー
『それでは、準決勝、第一試合、一戦目………試合開始です!』
リーファが、テーピングした左手首をかざし、具合を確かめるように回す。
「クララ、GCコンで行けそう?」
僕の隣に座るリーファの問いかけに、
「無問題じゃ」
背中を向けたまま、答えるナディア。
この試合から、ナディアは、プロコンから、使い慣れた、GCコンに切り替える。
手首への負担が大きいけど、
「そんな事言うちょられん」
と言い捨てた。
さっきの準準決勝から、GCコンへの変更は出来たんだけと、大男に襲われた件でテンパってて、頭が回らなかったんだ。
………あれ?今日の試合、マトモに落ち着いて始められるの、たしか、これが初めてじゃね?
ただ、今回は、ナディアが、膝と手首をケガしてるってハンデがある。
相手チームは、小さいのと、細いのと、太ったヤツの3人組だった。
マイクで誰が喋るのかも、中々決められない様なシャイな奴らだったし、「頑張って勝ちたいです」ってコメントするのが精一杯の、フツーな小学生だった。
でも、スマブラには、相当自信があるのか、チーム名は、ズバリ「無敵スマブラー」だったのが、イイ感じにイラッとさせてくれる。
………仕方ない、勘違いを気づかせてやろう。
ゲムヲ、パルテナ、ファルコンで。
僕とメグが、ジュースコーナーでグダってた時に、リーファとナディアが配信を見直したそうだけど、この相手チーム、「一番手の子が、中々上手い」そうだ。
ただ、普段のナディア程じゃないと言うこと。
………問題は、普段のナディアじゃないんだよな、ケガ的に。
明らかに、年下らしい相手と握手、ナディアの背中が戦闘態勢に入った。
『3,2,1……Go!』
ステージは、すま村、ナディアは、CF相手は……ポケモン!
さっきの、サトシと同じだ!
僕は、興奮を抑えきれなかった。
思わず、横のリーファを見たら、真剣な顔で見守っている。
……そうか、この闘いは、サトシとの予行演習になる。
前も言ったかもだけど、大会ルールでは、申告した選手のオーダーは、変えられない。
全国大会に進めば、また申告し直せるけど。
だから、決勝でサトシ達と当たれば、ナディアはサトシと、リーファは、カレン、僕はアケミ(37)と当たる。
この闘いで、ナディアの対ポケモンの実力が測れる。
相手はセオリー通りゼニガメから。
小回りの利くスピードファイターだ。
ステップとジャンプで、フェイントをかけるナディアに対して、小ジャンプ空前のロケットキックで、ナディアのCFの、体力を削りにくる。
……なるほど、確かに上手い。基本に忠実だ。
スピードファイターのCFだけど、ゼニガメはもう一つ足が速い。
掴んでは叩きつけられ、さっき、ナディアがやってた様に、サマーソルトキックで運んでは、滝登りって言う斜め上への攻撃を決めてくる。
隣のリーファが、イライラしてるのが伝わってくる。僕もだ。
CFは、技は強力だけど、発生はそれ程早くない。だから、ダメージは小さいけど、技の出が早いゼニガメに後れを取ってしまう。
足が速い分、アシストフィギュアや、アイテムの取り合いも、向こうが有利だ。
ナディアも、当ててはいるけど、相手が軽すぎて、コンボが繋がらない。
「……あ!」
思わず声が漏れた。
復帰するCF、崖際でまぐれっぽいドロップキックを喰らって、復帰できない距離まで飛ばされた。
なんてこった!
画面に踊る『2-3』の文字。
この準決勝からは、3ストックだけど、相手は30%程度。
この差はヤバイ!
相手はゼニガメのまま。
ナディアは、ストレスで、わずかに前傾したけど、落ち着いて、無敵時間を使って掴みを狙いに行く。
叩き付けたゼニガメを、サマーソルトで運ぼうとするけど、繋がらない。
ゼニガメが、軽すぎるんだ。
再び、ゼニガメのドロップキックを喰らって、劣勢になりかけたCFが、距離をとった。
ここぞとばかりに、細かい蹴りで、迫るゼニガメ。
ナディアの動きが変わった。
ステップで相手を翻弄し、小さな後隙を狙って、炎を引きつつファルコンナックル。ゼニガメが、吹っ飛ぶ。
その行方を先読みして、
『yes!』
ファルコンダイブ!
さすが、当て勘ヤバイ、デラ勢だ!
やっとゼニガメのスピードに慣れてきたのか、相手の技をすかしては、ファルコンナックル、そこから、サマーソルト、サマーソルト、逃げる方向を読んで、反対側にファルコンダイブ!
1ストック取り返した!
「よし!」
リーファが拳を握る。
相手は、ゼニガメが通じないと思い込んだのか、フシギソウにポケモンチェンジ。
………それは、まちがいだよ。
フシギソウは、強力で隙の少ない攻撃を備えたファイターだけど、足が遅い。
飛んでくる葉っぱカッターを軽くかわし、今度こそ、CFの投げからのコンボを喰らい、着実にダメージを増やしていく。
崖際で『yes!』を叩き込まれ、バウンドして、奈落に消えた。
観客席から、湧く歓声。
ポケモンへの対応をつかんだ、ナディア。
もう大丈夫だろう。
……そう思った時だった。
微かに聞こえてきてしまったんだ。
スタッフの控える反対側の舞台袖から。
「……何でです?お姉さんは気にならないんですか!?任天堂・最強法務部のガチバトルですよ?」
サトシ!?
全然懲りてないじゃん!
リーファも聞こえてしまったみたいだ。
ナディアは……分からない。
僕らを応援してた、うさ山さんの表情がかわり、スマ勢と共に、盗み聞きのため、スタッフスペース近くに殺到する。
あ、サトシの事、好きになっとるやんけ!
「ぼくらの超能力者ユリ・ゲラーに、『ポケモンのユンゲラーは、超能力者だけど、お前はバチモンやから、関係ないやん?この場で超能力使ってみろよ?使われへんやろ?つまり、お前とユンゲラーはなんの関係も無いんでゲース、ぷっぷー』ってオマエラ何歳?理論で押し切ったヤツラですよ?」
リーファが、口許を押さえて震える。
僕もだ。
息が苦しい。
ぷっぷーは………言ってないだろ?
「ええかげんにしよし、サト!晩御飯のカレーから、らっきょ、抜くえ!?」
「やかましい、アケミ(37)!オマエの縦笛の口付けるとこ、オモテのスマ勢に、売り飛ばしてまうど!」
「そ、それだけはイヤっっ!お嫁に行かれへんやないの、アンタ責任取れんのか!?後、(37)言うな!」
「ほぶっ」
驚いたことに、変な声を洩らしたのは、セッティングのお姉さんだった。
リーファは腹と口を押さえて丸まっている。
ナディアの操作に、明らかに乱れが生じた。
よく見たら、背中が震えている。
コンボを外し、相手リザードンの掴みブレスを喰らう。
相手のチームはみんな必死で、耳に入ってないみたいだ。
サトシの話が聞こえたスマ勢達は、その超プレミアアイテムの所有権を巡って、真っ赤な顔で、グダグダの掴み合いをしている。
相手の鼻の穴に、指突っ込んでまで、何やってんだよ?
ホント、サイテーだなアンタら!?
リーファが、セッティングのお姉さんの肩を叩き、小声で叫んだ。
「お姉さん、あの会話、止めて下さい!」
配信には、僕らの姿は映ってない。
今なら行けるはず。
お姉さんは腰をかがめて走った。
遅かった。
「カレン、黙っとらんで、何とか言うたれよ!?」
「……よ?…………………よ…………………よ」
カレンのダルそうな声は、耳を澄ましてしまってる、僕らに届いてしまった。
「…………よっちゃんイカ」
「ぶははははは! ぬはははははは!」
ナディアは大爆笑し、絶対食らってはいけない、リザードンのフレアドライブで、1ストックをトバしてしまった。