オツカレ
「……!」
リーファが、一瞬呻いた。
僕もだ。ナディア、画面が見えてない!
いつものナディアなら、足の速いファルコンの特性を活かして、ステップで翻弄してから、掴みコンボを決めるのに……!
この大会、配信で顔が映るように、モニターは下にある。
俯いてるナディアの後ろ姿に、力が感じられない。
うぉーイ、うぉーイと、ドンキーの攻撃が当たる度に、相手のチームがはやし立てる。
リーファの悔しそうな顔。
僕も焦って声を上げそうになる。
「クララ、集中!」
リーファが、そう言ってる間にも、ドンキーのリフトコンボを食らって、あっという間に、ダメージは80%を超える。
相手は、17%、余裕をみせて、フルホールドの上スマで見せプを狙う。
ナディアは、急降下回避でそれをかわし、距離をとった。相手はそのスキに、アシストフィギュアをとり、ナディアの行動範囲を制限して行く。
ファルコンの足の速さがあれば、鈍速のドンキーなんかに先を越されたりしないのに!
「あ、おっしい!ゴメンネ、手加減できなくて!」
相手が高いテンションで喚く。
ナディアも、アイテムを拾って飛び道具で応戦するが、ほとんどダメージを与えられてない。
「何やってんの……!」
リーファが顔を真っ赤にして吐き捨てる。
全くだ、これじゃ、素人だよ!
ナディアのガン攻めは、こんなんじゃないのに……!
実況と解説の声が遠くに聞こえる。
相手チームの、居酒屋みたいなおはやしだけが、僕らの胃を灼く。
僕は、凶悪な衝動に駆られた。
コイツラただじゃおかない。
リーファと僕で、リアル乱闘まで持ってくくらい、おちょくり倒してやる。
ダメージレース、相手39%、ナディア、95%。
破壊力のあるドンキーコングの技を1発でも喰らったら、あっという間にバーストだ。
「んじゃ、いっくよー?」
ドンキーがグルグル腕を回して、ファルコンに迫る。
ナディアが手癖で出したんだろう、ファルコンナックルをガードしたドンキーコングが、ゴリパンを叩き込んで、致死エフェクトが瞬いた。
一溜まりもなくバーストするファルコン。
グルグルまわりながら、遠くへ消えていく。
相手は、ガッツポーズ。
相手チームは、ハイタッチ。
僕と、リーファはそれを血の気の引いた顔で眺めるだけ。
ナディアの丸まった体は動かない。
……終わった。
今のナディアじゃ、誰にも勝てない。
観客席の青い顔したメグ、頭を抱えるうさ山さんたち……
ナディアママなんかスマホで通話してる。
撃墜アピールを決める、ドンキーコングを呆然と見てると、隣に座るリーファが、ぼくを抱き寄せ言った。
「クララ、こっち向け」
弾かれたように振り返るナディア。
目には、恐怖と戸惑い。
手も口許も、震えている。
さっきの乱闘のアドレナリンが、今来てるんだ!
そりゃ、精密な操作なんか出来っこない!
ナディア、落ち着いて。僕達が取り返すから!
僕は女声も忘れて、そう言おうとした。
それどころじゃなくなった。
リーファが、僕を抱き締め、肩にしなだれかかってきたからだ。
「二人で何とかするわ、オツカレ」
信じられないものを見る目で、僕らを凝視する、ヒシアマゾン。
ヤバイ、無敵時間が切れて、復帰台からナディアのファルコンが、無防備に落ちてく!
「……!」
声を出すのももどかしく、ぼくは画面を指差す!
ナディアは慌てて、画面に向き直る。
「やーん、仲間割れッスかあ?百合の世界も大変ネェ」
相手が、ぼくらに聞こえる声で煽り、攻めもせずに、ドンキーコングが肩をすくめる。
「ナディ、He is alive!」
ナディアのママの凛とした声は、僕らに届き、3人とも、弾かれたように顔をあげる。
そして、ファルコンも、ゴロゴロDAで弾かれた。
その言葉は、僕らに、劇的な効果をもたらす。
あの大男……生きてるんだ!
リーファが口許を押えて涙ぐみ、僕も、視界が涙で歪む。
ナディアの背中に、力が入るのがわかった。
空後キックで、また、飛ばされるファルコン。
ナディアママが、歴戦の将官の如く吼えた。
「Go!」
ナディアの背中がビリッと震える。
画面際に落下してくるファルコンを追撃する、ドンキーコング。
あの位置で、攻撃を喰らったら終わりだ。
メグの悲鳴。
「ハイ、オワリィ」
繰り出されるゴリラパンチ。
………少し遅かった。
ドンキーコングの豪腕を、その場回避で、いなすファルコン。
ゴリラは掴んで床に叩きつけられ、バウンド。
浮いたところを、オーバーヘッドキック。
さらに、オーバーヘッドキック。
ペアのダンスみたいに、滑らかに運ばれるドンキー。
崖の上でスタンピードボムを目玉の飛び出してる頭に喰らい、轟音とともに、奈落の底に消えた。
画面にデカデカと映る『1-1』
思わず立ち上がった、僕の目に映ったのは、狂喜するメグ達と、頷くナディアママ!
これだ、これこそが、デラ勢に揉まれて磨き上げられた、ナディア・ファルコンだ!
自動崖掴まりと、先行入力に甘やかされてきたお前らと一緒にすんな!
唖然とする相手の横で、ナディアが、ゆっくりと首を回す。
ボキボキってスゴイ音に、ゴリラ使いはギョっとして、ナディアを見る。
「アンガトよォ、細目ェ。最悪の気分じゃ………振り向いた時、まだ、くっついとったらコロすぞ?」
性懲りもなく、コロすって単語を口にするナディアに笑ってしまった。
これ、完全復活だ!
今、初めて、そこにいた事に気づいたように、ナディアは相手選手を見た。
凶悪なオーラを、身に纏ったナディアにガンをつけられ、みるみる青くなる、ゴリラ使い(初心者)。
サドンデスで、フォックスと向き合う、ガノン状態だ。
くぐり抜けてきたもの、そして格が違う。
画面に向き直った背中は、僕のよく知る、ナディアだった。
「あン?寝とる間に、こんなけ、やられとったんか……ジャリぃ、色々ホザいとったん、聞いとらんかったワ。すまんのう……」
画面のファルコンが、敬礼を飛ばして言った。
『show me your move!(何が出来るのか見せてもらうよ)』
「……んじゃ」
最高に不機嫌なヒシアマゾンは、最高にシビれるセリフを吐いた。
「残り1分間、死に続けんさい」