三章 ネトデラ少女(3)
恐る恐る入ったナディアの部屋は……
いい匂いがして、清潔で、なんというか、普通の部屋だった。
女の子の部屋なんか、低学年の頃、皆でジュースをもらうときに上がったぐらいだけど、丸っこいぬいぐるみがたくさんあって、変わったものと言えば、デスクトップのパソコンとモニターくらいだった。
「ジロジロ見んのやめえ」
「あ、ごめん。なんていうか……いや、いい」
「ムスリムっぽくない言うんじゃろ」
「……うん。いや、どうでもいい。学校の印象と違うから驚いてるだけ」
ナディアは、ためいきをつくと、部屋の真ん中のクッションにぺったり座り込んだ。
「今から言う事内緒やで」
「……なんだよ、急に」
「ウチ……実家が厳しいから、しゃーなしで、あんな格好しとるだけ。お祈りとか、全然やりとない」
「えっ!マジで!?」
超驚いたけど、そう聞けば納得は行く。
ユルイもんな、どう見ても。
「うち、こないだまで広島おったんよ。入学してすぐ、教室でお祈りしてもて。よーからかわれての。あっちでは、ケンカばっかりしよったが」
「そなのか」
「オトンとオカン、宗教のことでどこまで譲れるかずっとケンカばっかりやった。こんな格好、実家のヤツラに見つかったらエライことになるけん……んで、色々あったんじゃけど」
ナディアは、クッションを抱えたまま、壁のカレンダーを見上げた。
「大阪に変わった小学校あるいうて、引っ越してきたんじゃ」
「そっか……」
その時、ドダダダ、と階段を駆け上がって来る音がした。
怪訝に思っているとナディアの顔がみるみる強ばって、血の気が引いていくのが分かった。
乱暴に開けられたドアに仁王立ちしていたのは。
「おねえ!東京ちゃうん!?」
スカーフにピアス、ナディアを高校生くらいにしたら、こんな感じかな、というデニムの上下を着た女の人が立っていた。
ゼエゼエ言ってたけど、僕を見つけると大股で近づいてきた。
「アンタ?ナディアをスマブラ団体戦に誘ってるコ!?」
大股で部屋に侵入してくる。
「負けた妹、晒すつもり!? あんな界隈行かす訳ないでしょ!?」
「おネェ、口出しせんといて! 昨日lineで言うたじゃろ!」
「アンタが、一方的に切ったんでしょ!それに、アイツラに見られたらどうなるかわかってる?あり得ないでしょ!」
「知るか!自分、お祈りイヤじゃ言うて、好き放題やっとるくせに、こんな時だけ邪魔せんといて!」
言葉に詰まったお姉さんが、右手を振り上げた。
ヤバイ。
僕が止めようとした時。
白い手が、ガッシリとナディアのお姉さんの手と茶髪を掴んだ。
「鈴香」
「マ、ママ!?ちがうの、これは」
後ろに引き倒されたお姉さんにまたがると、ナディアのママは厳しい表情のまま、
「ナディアの、お客様の前で、なんて、ことを」
「いたっ、いたっ!ママごめんなさい!」
左手で髪をつかんだまま、ビンタを降らせ始めた。
いやいやいや、やりすぎでしょ!?
我ながら秒で飛びつけたのは、こういうの二回目だからだ。
お姉さんに覆い被さり、ワザと僕はビンタを喰らう。
とっさに大げさ目に転がろうと思ったけど、そんな必要もないくらいのパワーだった。
きな臭いニオイが、鼻の奥でして、床にふっとぶ。
痛い、っていうかしびれた。
顔の左半分を押さえながら体を起こすと、青くなっている、ママに早口で叫んだ。
「ちがうんです、お姉さんの言う事、100%正しいんです!」
三人とも、思い思いの体勢で僕を瞬きもせずに見ている。
僕は注目を集める事が出来てほっとした。
「お姉さん、スマブラ団体戦……いや、SPの事よく知ってるんですね。ただ、香咲にも、お母さんにも説明しようと思ってたんです、ホントです」
僕は、痛みをこらえて、トートバッグから、タブレットを取り出した。
「……こんな感じです。」
去年のスマブラ小学生団体戦の地方大会と、全国大会、僕が選んだ部分を三人に観てもらった。
泣きやんで、険しい顔をしているナディア、難しい顔をしている、ママ、ほら見たことか、という顔をしている、お姉さん。ちなみにお姉さんと僕は、保冷剤を顔に当てている。
僕からしたら、どれも低レベルでつまんない試合。
それだけに腹しか立たないからまともに観たことも無かった。
昨夜、ナディアたちに説明するため、適当に観てたけど、ホントにマナーが酷い。
相手をバーストさせた後、撃墜アピールはする、屈伸煽りはする、要するに、試合中相手を馬鹿にする。
試合を終えた後のコメントでは、「相手が弱いから勝てた」
と暴言を吐くし、それを誰も咎めないっていうか、場をシラケさせないため、司会も上手くスルーせざるを得ない。
極めつけは、試合中、両選手のプレイする姿が画面下に映るんだけど、決勝で優勝が決まる10秒くらいが、延々とツイッターでリツイートされたりする。
負けが確定して、泣きながら顔を覆っている姿。有名ユーチューバーが、コラボしてるから、全国ネットで延々晒されるんだ。
モデレーターが、頑張ってるからか、酷いコメントは流れないのは救いだけど、YouTubeの画面を流れない方のコメントでは、罵詈雑言が溢れかえる。
「悪いとこばっかり、みてもらいましたけど、こう言う物だと言うのは知ってもらいたくて」
「ひどいわねえ……ママビックリよ。けど、配信されるのは勝ち上がったコ達だけでしょ?」
悪いところはたっぷり言ったので、これも言うべきだろう。
「今迄見てもらったどの選手にも、僕なら、まず負けません」
三人が固まったけど、ナディアは何故か少し誇らしげにママを見、ママは歓迎するような笑顔を浮かべた。
「言うじゃん、少年。ナディア、林堂君てそんなに強いの?」
「学校では有名」
「ふーん。尚更やめてほしいな」
僕は少しガッカリしたけど、しゃーないとも思った。
女の子が顔を晒すんだ、輪をかけて何を言われるか分かったもんじゃない。
「勝てばいいんじゃろ」
ポツリと言ったナディアにみんなが振り向いた。
「姉ちゃんいったじゃろ、ウチは天才やて」
お姉さんは苦い顔をするものの、何も言わない。
へえ。ぼくは、頼もしく感じると同時に……少し焦りを感じた。
「どれくらい強いんですか?」
尋ねると、お姉さんは、嫌そうに言った。
「ネトデラで、五回やって半々弱の勝率」
「嘘だっ!!」
僕は思わず絶叫し、ママ以外はビクッと縮こまった。
謝るのも忘れて、僕はうわ言みたいに呟く。
友達がAPEXで、確率0.002%のスーパーレジェンドを引き当てた時より、遥かにビックリした。
「嘘だ……ネトデラ高年齢の猛者しかいないんだぞ?僕でも10回やって一回勝てるかどうかなのに」
元々10年以上前のゲームで、そんな機能なんかないものを、熱狂的なプレイヤーたちが、SPみたく、ランダムでネット対戦出来るように構築したのだ。
好きのなせる力を僕はスマブラで学んだ。
「そ、そうなんかの?」
ナディアがおずおずと聞いてきた。
上目遣いで僕を見る泣き腫らした目を見た。
「……VIP行くより、ずっと難しい……って僕は思うよ」
少し複雑な気持ちで言った。
「やったー!ママ、ウチスゴイんやて!」
SP勢が聞いたら怒るかもだけど、僕だって、悔しいんだよ?SP勢なんだから。
でもね。
デラ勢、初心者なんか、ほぼいないんだよ?
全員十年選手みたいなもんだ。そこで、5戦して3~2勝って、おかしいだろ?
デラ勢ってさ。
老後の為、GCコンから、指への負担の少ないコントローラーにあらかじめ乗り換えたり。
逆に販売中止に備えて、GCコン貯めこむ様な種族なんだぜ?
一生、やめる気ないだろ?
それはそれとして、僕は素早く頭を巡らせた。
これは、いい方に大きく期待を裏切られた。
相当な腕だ。
ぞわりと背筋をなにかが這いのぼる。
闘ってみたい。
同年代に負けるわけにはいかないから。