負けるかも
「村井、セッティング係を私とチェンジ、タイムテーブルはそのまま……配信のキューは?今かかった?レイさんに引き伸ばすよう言って、中止はない!こっちで対処する」
入り口で、青い顔をしてる若いスタッフへ、ハンドサインをまじえて、嵐の様に指示を出す、関ジャニ推しさん。エスカレーター先頭の警官は、もうそこまで来てる。
「キミタチ初戦でしょ?行って、お母さんも!」
僕らは、頭を下げて、人混みに紛れこんだ。
大人の人達が、気を利かせて、僕らを警官の視線から遮るように移動してくれた。
……マジかよ、大会、中止じゃないんだ?
あまりにも色々あり過ぎて、現実味が全くわかない。みんなのヘイトを買わなくてホッとしたってだけが正直な感想……
あ、りょうちんの親父さんたち!
お礼言わないと!
……なんか、煽ったりしたのが、スゲぇ恥ずかしくなってきたぞ。
そりゃ、あの時はあっちが……
「ベルさん、早く!」
Switch一式をトートバッグに片付けたらしいメグが、ブンブン手を振ってる。
考えるのは後だ!
ステージでは、『命の灯火』が流れる中、進行のお姉さんがにこやかにマイクを握っていた。
僕達が視界に入ったはずなのに、チラとも見ない。プロだ。
ステージ向かって左には、各チーム二人が待機する為のイス計4つ、それと対戦台が据えられていた。
ちょうど、僕らの対戦相手が、紹介された所だった。
僕らは、ステージ前で、三角座りしている観戦者を見つつ、さっき待機してた廊下に駆け込んだ。
「Bブロック代表、クラリスベル、こっちへ!」
緊張した声で、スタッフが、ぼくらを手招きする。そりゃそうだ、僕達、リアル乱闘組が来た上、時間が押しているんだ。
ナディアママは、ここからは入れないから、観戦席。
「ナ……クララ、勝ちなさい」
ナディアが、立ち止まり、傷を隠すため、髪を下ろした、ママを振り返る。
僕らは、目に涙をためたままのナディアを追い抜く。
「マフディ家の重荷を、言い訳にしないで。勝つことだけを考えなさい」
ナディアは、乱暴に涙を拭って頷き、僕らに続いた。
マフディ家の重荷。
そうだ、ナディアの実家のお家騒動が、今回の発端だ。こんな事が……ナディアのこれからについて回るのか?
リーファもそうだ。
今更だけど、この二人はホントに似てる。
突然、ひらめいた。
いらない考えが。
銃と、血と、刃物。
ぼくら三人の周りには、これからもついて回るんだろうか、こんな誰かが死に続けるような、未来が。
さっきの、押切蓮介の漫画のひとコマみたいな光景が蘇る。
………僕は……怖かった。
体が熱くなり、嫌な匂いの汗が吹き出る。
今日、たった半日で、百年生きた様に思える。
訳がわからなさすぎて、考えがまとまらないのが、救いなのかな。
僕ら三人は、対戦チームのコメントが終わるまで、待機するよう指示をされた。
スタッフと、ママが去り、僕ら三人、部隊袖で立ち尽くす。
台湾での試合を思い出す。
あの時も、気分は最悪だったけど、みんな、軽口を叩く余裕があった。
今は、スマブラ出来るかどうかすら、自信がない。
ナディアの顔色が悪い。
リーファも、何か尋ねたいのを、我慢するかのようにステージを見ている。
誰も口に出さないけど分かる。
さっきの大男が生きているかどうかが、気になって仕方ないんだ。
……僕らの、『殺せ』って言った言葉が、重くのしかかる。
『コロすぞ』って、みんなフツーに使うけど……
小さい頃なんとなくテレビで観た、白黒映画、『12人の怒れる男』って映画で、主役が言ってた。
『でも、ホントには殺さないだろう?』
………ホントに殺してどうするんだよ。
僕自身、その事実の重さに、吐きそうだった。
たった一言で、僕らは、殺人犯になっちゃうのかな。
言わなけりゃよかった。
……駄目だ、泣きそうだ。
『続いてはこのチームです』
小さく聞こえた、アナウンス。
スタッフさんが言った。
「クラリス・ベル、入場してください」
リーファが言った。
「切り替えよう。まず勝つよ」
僕はリーダーなのに、何も言えないまま、ナディア達に続いた。
コンディションは最悪。
相手チームが、何のキャラ使ってるかも分からない。
………同じ小学生相手に、負けるかも、って思ったのは、初めてだよ。





